最新記事

外交

欧米の欲につけ込んだカダフィの謀略

ブッシュやブレア、ベルルスコーニはなぜ「のけ者」カダフィと抱擁したのか、独裁者の懐刀が暗躍したスパイ戦の舞台裏

2011年10月21日(金)14時17分
クリストファー・ディッキー(中東総局長)

独裁に幕 踏みつけられる本誌の表紙(8月24日、首都陥落後のトリポリで) Louafi Larbi-Reuters

 ロンドンの一角に、トラベラーズクラブという古い社交クラブがある。館内には座り心地のいい革張りの肘掛け椅子が配され、19世紀以来、国際的な謀り事に関わる紳士たちの密会場所として用いられてきた。

 03年12月、リビアの情報機関のトップだったムーサ・クーサがイギリスとアメリカの情報機関の代表と会ったのも、その一室だった。会談の目的は、リビアの独裁者ムアマル・カダフィを国際社会に迎え入れるための取引をまとめることだった。

 現在リビアの対外連絡・国際協力書記(外相)を務めるクーサはカダフィと異なり、都会的な物腰が特徴の人物。70年代に米ミシガン州立大学で修士号を取得し、子供2人はアメリカ生まれのアメリカ市民だ。「(クーサは)私たちの理屈を理解できるはず」だと、90年代にクーサと交渉した経験があるアメリカの情報機関当局者は言う。

 この見方は間違っていない。今までカダフィが常軌を逸した言動を続けられたのは、欧米の流儀を心得ているクーサが言い逃れを用意し、火の粉を払いのけ、妥協案をまとめてきたからにほかならない。

 その過程でクーサは、世界の多くの指導者たちにカダフィ体制延命の片棒を担がせてきた。トニー・ブレア元英首相、ゴードン・ブラウン前英首相、ニコラ・サルコジ仏大統領、シルビオ・ベルルスコーニ伊首相、それにジョージ・W・ブッシュ前米大統領まで引き込んだ。

 どうして、世界の国々の首脳たちは、国際社会の「のけ者」と手を結ぶに至ったのか。

 元CIA(米中央情報局)長官のジョージ・テネットが著した回想録によれば、CIA関係者の多くは、リビアの情報機関工作員による88年のパンナム機爆破テロ(死者270人)の糸を引いたのがクーサではないかと疑っていた。

 しかし03年の時点で欧米は、トラベラーズクラブの肘掛け椅子の感触と同じくらい、クーサの提案を心地よく感じていた。リビアの油田と、莫大なオイルマネーに潤うリビアでのビジネスチャンスは、あまりに魅力的だった。

 しかも、リビア側は核開発計画の全面放棄も約束した(実際には核開発などほとんど進んでいなかったのだが)。イラクで大量破壊兵器を発見できなかったブッシュ前米政権にとっては、せめてリビアで成果を挙げたとアピールするチャンスだった。

欧米が拒めなかった提案

 それだけではない。民主国家の首脳は時に、「役に立つ独裁者」に弱い。そこでリビアは、国際テロ組織アルカイダに関する情報をブッシュに提供。ベルルスコーニのためには、地中海を渡ってイタリアに上陸する不法移民の取り締まりを徹底した。

 リビアは、いくつか分かりやすい政治的ジェスチャーも見せた。パンナム機爆破事件の裁判のために容疑者2人の身柄の引渡しに応じ、遺族それぞれに1000万ドルの補償金を支払うことを決定。大量破壊兵器開発計画を破棄すると表明したのも、この路線の一環と言える。

 その上、リビアはカダフィの次男セイフ・アルイスラム・カダフィを事実上の対外スポークスマンとして前面に押し出した。イギリスに留学経験のあるセイフは、父親に比べればだいぶ親しみやすい。

 この戦略は、ごく最近まですべての関係者にとって非常にうまく機能していた。リビア側との交渉に携わった欧米の担当者たちにも悪い結果をもたらしていないように見える。

 現役時代にクーサと緊密に接触していたイギリスの元スパイマーク・アレンは、トラベラーズクラブでの密会から程なく諜報機関MI6を退職。現在は石油大手BPの顧問として高給を受け取り、「サー」の称号まで手にした(アレンの事務所は、彼の果たした役割についてコメントを拒否している)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米4月雇用17.5万人増、予想以上に鈍化 失業率3

ビジネス

英サービスPMI4月改定値、約1年ぶり高水準 成長

ワールド

ノルウェー中銀、金利据え置き 引き締め長期化の可能

ワールド

トルコCPI、4月は前年比+69.8% 22年以来
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 4

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 5

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 6

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 7

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 8

    中国のコモディティ爆買い続く、 最終兵器「人民元切…

  • 9

    「複雑で自由で多様」...日本アニメがこれからも世界…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中