最新記事

環境問題

環境保護が地球の未来を潰す?

温暖化や環境汚染で地球の危機が叫ばれるが、歴史上人類は優れた技術を開発することで生活向上と環境の改善を両立させてきた

2011年8月5日(金)10時48分
ビョルン・ロンボルグ(統計学者)

進歩の過程 開発と汚染は同時に進行するのは昔から同じだが(上海の新築マンション) Carlos Barria-Reuters

 18世紀から19世紀半ばまで、欧米諸国の多くでは灯火用の燃料として鯨油が使用されていた。捕鯨産業はピーク時には7万人を雇用。アメリカでは5番目に大きな産業だった。

 当時のアメリカは世界一の捕鯨大国。大量の油を生産する捕鯨産業の地位は揺るぎないと思われていた。代替燃料としてラード油やカンフェン(テレビン油とアルコールの混合物)を推す声もあったが、捕鯨推進派は鼻で笑った。鯨油がなければ世界は暗闇の時代に逆戻りするという見方が当時は大勢だった。

 だが今では、鯨を殺すことは野蛮な行為と見なされている。

 200年前には、環境保護運動は存在しないも同然だった。それでもボストン沖の捕鯨基地ナンタケット島から出航する漁師たちは、大量の鯨を捕るために年々遠くの海まで出掛けなければならなくなっていることに不安を感じたかもしれない。もし鯨を捕り尽くしたらどうなるのだろう、と。

 いま流行の「持続可能性」も、こうした疑問が議論の出発点になっている。

 先進国は限りある地球の資源を貪欲に貪った。今の生活スタイルを変えなければ、近いうちに悲惨な結果を招く──環境保護派はそう警鐘を鳴らす。

 今ではあらゆる場所でこの手の主張を耳にする。今の生活スタイルは利己的で持続可能ではない。森林を伐採し、水と大気を汚し、動植物を殺し、オゾン層を破壊し、化石燃料を大量消費して気温の上昇を招き、「壊れた地球」を未来の世代に残そうとしている......。

 つまり、このままでは人類に未来はないというわけだ。

 思わずうなずきたくなる主張だが、根本的に間違っている。そしてその影響は甚大だ。環境問題を大げさに騒ぎ立て、多くの人々がそれをうのみにすれば、より賢明な環境対策を追究する努力を妨げかねない。

 かつての欧米諸国は大量の鯨油を消費したが、鯨が絶滅しなかったのはなぜか。鯨油の需要増大と価格上昇を受けて、19世紀版の代替エネルギー開発に多額の投資が行われたからだ。まず灯油が鯨油に取って代わり、次に電気が灯油を駆逐した。

 人類は長年、自分たちのイノベーション(技術革新)能力を過小評価してきた。馬車の台数が増え続けた時代、人々はロンドンが馬ふんだらけになると本気で心配した。今のロンドンは人口700万人を超える大都市だが、自動車が発明されたおかげで馬ふんに埋もれずに済んだ。

 実際、人類の歴史を通じて何度も破滅の危機が叫ばれてきたが、そのたびに危機は回避された。多くの場合、それを可能にしたのはイノベーションだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドルが158円台乗せ、日銀の現状維持

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型グロース株高い

ビジネス

米PCE価格指数、インフレ率の緩やかな上昇示す 個

ワールド

「トランプ氏と喜んで討議」、バイデン氏が討論会に意
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 5

    アカデミー賞監督の「英語スピーチ格差」を考える

  • 6

    大谷選手は被害者だけど「失格」...日本人の弱点は「…

  • 7

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    「性的」批判を一蹴 ローリング・ストーンズMVで妖…

  • 10

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中