最新記事

オリンピック

フィギュアスケートは究極のマゾ競技

花形種目でメダルを取れるのは、氷の上の数ミリの刃の上でスピンやジャンプをする超人技を黙々と練習し、足の痛みをこらえて滑ることも厭わない稀有な選手だけ

2010年2月24日(水)17時27分
ジョセリン・ジェーン・コックス(元フィギュアスケート選手)

笑顔の超人 選手たちは想像もつかない試練を乗り越えてくる(写真は2月24日、ショートプログラムの演技をする浅田真央) David Gray-Reuters

 あなたはオリンピックに出場したことがあるだろうか。私は出たことがない。チームメートと並んで開会式で行進したこともないし、USAと刺繍された公式ブレザーを配られたこともない。

 ただし、私はかつてオリンピックをめざして練習を重ねていた。そして11年間に渡る地獄の特訓にもかかわらず、結局はオリンピック出場に必要な条件を満たせなかった。オリンピックへの切符を手にした多くの選手たちとともに練習してきた私には、自分の至らなさを思い知らされることばかりだった。

 私がオリンピックのアメリカ代表を夢見た競技はフィギュアスケート。この種目で冬季五輪に出場するには、自国でランキング3位以内に入る必要がある。選手時代の私は今よりずっとスリムで敏捷だったが、最高記録は全米選手権のジュニア・ペア部門8位。なかなかの成績という解釈もできるが、金メダルをめざしていた当時は何の価値もない記録に思えた。

演技中に笑顔を求められる種目は他にない

 華やかさとは裏腹に、フィギュアスケートは極めて難しいスポーツだ。私がそう断言する大きな理由は自分がトップに立てなかったからだが、それだけではない。

 スケートリンクで遊んだことのある人なら、子供が転ばないよう手助けしながら、自分もバランスを崩しそうになった経験があるかもしれない。「スケート選手として成功できるほど足首が強くない」という理由であきらめた人は多いし、転倒で恐ろしい思いをし、二度とスケート靴を履かなくなった人もいる。

 恐怖を感じるのはもっともだ。道路用の塩をまかずには歩けないようなツルツルの氷の上を滑るのだから。

 スケート靴をはいたことがない人も、テレビでフィギュアスケートの試合を見れば、この種目のアクロバティックさや、わずか数ミリの刃の上でスピンやジャンプをすることの難しさをイメージしてもらえるだろう。

 怪我が避けられないことも容易に想像できる。実際、スケート選手なら誰でも、手足をはじめ身体のあちこちに浮腫やアザがある。足へのダメージはひどすぎて、ここでは書けないほどだ。

 さらに、一般の人が想像すらしない試練がある。笑顔だ。

 フィギュアスケートにはスパンコールを縫いつけた衣装や主観的な判定、採点を待つ間に座る「キス・アンド・クライ」などの特徴的な要素がある。だが、この競技が他の種目と違う最大の要素は笑顔だ。あれほど過酷な運動をこなしながら、同時に笑顔を求められる種目が他にあるだろうか(シンクロナイズド・スイミングは別かもしれないが)。

 ちなみに、私は笑顔は得意だったが、他の適性が欠けていた。たとえば、「痛みをこらえて滑る」のは大の苦手。痛みへの耐久性はゼロで、スケート靴に恐怖を感じていた。

 要するに、フィギュアスケートでオリンピック出場を果たすには、才能と冷静さ、燃えたぎる野心、経済的サポート、ルックスの良さ、細身の身体、痛みへの耐久性、そして多大な幸運が必要なのだ。私はその中の多くの条件を満たせなかった。しかも、寒いのも苦手だった。

私に残ったのは形のいいふくらはぎだけ

 毒舌すぎる? そうかもしれない。だが、私のスケート経験が話題になるたびに、「オリンピックに出場した?」と聞かれることに、実は少々いらついている。

 おそらく、他のスポーツではそんなことはないはずだ。ある人がアメリカンフットボールの選手だったというだけで、反射的に「スーパーボールに出場した?」とは聞かないだろうし、野球選手だった人に「ワールドシリーズに出た?」と聞くこともないだろう。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=小反発、ナスダック最高値 決算シーズ

ワールド

ウへのパトリオットミサイル移転、数日・週間以内に決

ワールド

トランプ氏、ウクライナにパトリオット供与表明 対ロ

ビジネス

ECB、米関税で難しい舵取り 7月は金利据え置きの
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中にまさかの居眠り...その姿がばっちり撮られた大物セレブとは?
  • 2
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機」に襲撃されたキーウ、大爆発の瞬間を捉えた「衝撃映像」
  • 3
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別「年収ランキング」を発表
  • 4
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    【クイズ】次のうち、生物学的に「本当に存在する」…
  • 7
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 10
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 5
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 9
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 10
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中