最新記事

中東

米軍はイラクで名誉を守った

ニクソンが南ベトナムからの撤退を「名誉ある平和」と呼んだ嘘とは違い、イラクの米軍は少なくとも名誉は守った。だが「平和」が保たれる保証はない

2009年7月1日(水)18時44分
イバン・アレギントフト(ボストン大学国際関係学部准教授)

記念すべき日 米軍がイラク都市部から撤退した6月30日、歓喜にわく警察官(中部の都市カルバラ) Mushtaq Muhammad-Reuters

 名誉ある平和。これはアメリカのニクソン政権が、南ベトナムからの撤退を遠回しに表現するのに使った言葉だ。当時アメリカが支援していた南ベトナムでは、腐敗した無能な指導部のおかげで勝利の可能性がとうに消えていた。小さな同国の政治的独立を維持するという、単純で消極的な目標すら達成できそうになかった。

 今日アメリカはイラクから手を引く第1歩を踏み出した。この日イラク駐留米軍は主要都市からの撤退を完了。今後バラク・オバマ米大統領が示した完全な撤退期限である11年末までに、米軍はなんとかイラクの政治的独立を守り、ベトナムから撤退した73年にできなかった「名誉ある平和」を実現する──そう期待されている。

 幸いなことに、駐留米軍の司令官にデービッド・ペトレアス将軍(現在は米中央軍司令官)が就任した07年以来、「名誉」の部分は確保されたと言って間違いない。

 ニクソンの時代は、「名誉」といえば「あからさまな敗北ではないこと」を意味した。だがベトナムにおける米軍の行いを名誉と呼べるかについては、現在に至るまで激しい議論がある。多くの歴史家は、ベトナムに派遣されたほとんどの米兵はドラッグ漬けになったり戦争犯罪を犯したりして、人間性も兵士としての規律も失ったと主張する。

 イラクでも米兵によるイラク人収容者の虐待が発覚したり、ブッシュ政権による現実離れした戦略や外交や政治が展開されてきた。それにもかかわらず米軍の「名誉」は、自己犠牲と正しい行いという意味を取り戻すことができた。

アラブ人対ペルシャ人の構図

 07年にアメリカの対イラク戦略が大きく転換して以来、米軍は非戦闘員の保護に力を入れてきた。それによって、そもそもイラクの若者たちが武器を手に取ることになった根本的問題を政治的に解決する余地を生み出そうとした。

 もちろんその後も「悪者退治」は続いたが、そのやり方は以前よりも慎重で秩序だったものになったし、一般市民の犠牲を無視した掃討作戦はなくなった。こうしてアメリカがイラクで敗北する心配はなくなった。そして今、米軍はイラクからの秩序だった撤退を準備している。

 実は、米軍の存在自体がイラクの安定や繁栄にとって最大の障害になってきた。米軍はこのことをすでに05年の時点で理解していた。当時米軍が最も心配していたのは(今もそうだが)、イラクで「敗北した」と非難されないことだったが、その心配はもうしなくても済む。

 それはアメリカの一般市民の絶えまない支持と同情のおかげでもあり、現場の兵士たちの忍耐強さのおかげでもある。たとえ文民のトップから自らの経験や専門知識と矛盾する要求(ばかばかしい指示であることも多い)を突きつけられても、彼らはそれと折り合いをつけるために絶えず努力した。

 米軍のイラク撤退には、さほど目立たないもう1つの利点がある。現在ほとんどの専門家は、米軍が撤退すればイランの勝利をほのめかすことになり、イランがイラクの政治に浸透するのに拍車をかけると主張する。

 だが米軍が撤退すれば、イラク人(クルド人を除くと大半がアラブ人)は、イランがペルシャ人の国であることを思い出すはずだ。イランは、米軍撤退後のベトナムに対して中国が威張り散らすことができなかったように、イラクに対して偉そうに振る舞うことはできないだろう。

イランに対抗するための同盟

 アメリカは、自国の防衛を理由に地球の裏側にある主権国家を侵略したり、征服したり、占領するのは許されないことを理解した。それ以来、イラクが安定した民主国家に移行するのを支援するという積極的な目標を追求している。
 
 それが実現すれば、テロや原油高騰からアメリカを守ることができるし、とにかく気分がいい。イスラエルにとっても悪い話ではない。だがそんなことは到底実現しそうにない。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

イスラエルとシリアが停戦に合意=駐トルコ米大使

ワールド

米国とベネズエラが囚人交換、エルサルバドルが仲介

ワールド

パンデミック条約改正案、米国が正式に拒否 「WHO

ワールド

米でステーブルコイン規制法が成立、トランプ氏が署名
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人口学者...経済への影響は「制裁よりも深刻」
  • 2
    「マシンに甘えた筋肉は使えない」...背中の筋肉細胞の遺伝子に火を点ける「プルアップ」とは何か?
  • 3
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは「ゆったり系」がトレンドに
  • 4
    約558億円で「過去の自分」を取り戻す...テイラー・…
  • 5
    父の急死後、「日本最年少」の上場企業社長に...サン…
  • 6
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失…
  • 7
    日本では「戦争が終わって80年」...来日して35年目の…
  • 8
    【クイズ】世界で1番売れている「日本の漫画」はどれ…
  • 9
    「想像を絶する」現場から救出された164匹のシュナウ…
  • 10
    アメリカで「地熱発電革命」が起きている...来年夏に…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは「ゆったり系」がトレンドに
  • 4
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 5
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    アメリカで「地熱発電革命」が起きている...来年夏に…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    「想像を絶する」現場から救出された164匹のシュナウ…
  • 10
    ネグレクトされ再び施設へ戻された14歳のチワワ、最…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 4
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 5
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 6
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 7
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中