最新記事

米外交

オバマは尖閣問題で中国を戒めよ

「勝利」に酔う中国を野放しにすれば、アジア各地に領土紛争が拡大しかねない

2010年9月30日(木)17時28分
マイケル・グリーン(戦略国際問題研究所・日本部長)

火に油 日本の「降伏」に勢いづく中国世論(反日活動家を乗せて尖閣諸島に向かう漁船) Siu Chiu-Reuters

 シンガポールやデリー、ソウルで暮らした経験のある人なら、領土問題に対する中国の新たな攻勢にアジア諸国が懸念を募らせている事情を理解できるだろう。

 中国の傍若無人な言動に振り回された直近の被害者は日本だ。日本固有の領土だが、中国と台湾が領有権を主張している尖閣諸島(中国名は釣魚島)をめぐって、日中は激しく衝突した。

中国の人民解放軍は数年前から尖閣諸島周辺で軍事行動を行っており、潜水艦が日本領海で潜航したり、海上自衛隊の非武装の哨戒機に速射砲の照準を向けたりしてきた。この数カ月間、中国の漁船が尖閣諸島付近にたびたび接近しており、日本当局は中国軍部の指揮によるものと考えている。

 9月7日に中国の漁船と海上保安庁の巡視船が衝突すると、日本側は漁船の中国人船長を業務執行妨害で逮捕。中国は即座にハイレベルの外交交渉を断絶させ、中国国内では予想通りの反日デモが繰り広げられた。

 膠着状態が打開されたのは9月24日。那覇地方検察庁が中国人船長を処分保留で釈放すると発表した。P・J・クラウリー米国務次官補(広報担当)は日本の決定を歓迎し、「成熟した国家同士が外交を通じて問題を解決した」とコメントした。

日本への支持を示しただけでは不十分

 日中の対立に際して、オバマ政権が日本との結束を示す強力なサインを公に発信したことは称賛に値する。ジョー・バイデン副大統領やヒラリー・クリントン国務長官、マイク・ミューレン統合参謀本部議長らが早々に日米同盟を重視すると明言し、日本の施政権が及ぶ尖閣諸島は日米安保条約第5条の適用対象だと強調した。

 だが対立解消の経緯を考えれば、オバマ政権は深刻な危機感をもつべきだ。確かに日本は「成熟した国家」らしい対応をし、早期解決に向けて外交努力を行った。しかし一方の中国は、日本に対して国際基準をはるかに逸脱する重商主義的な攻撃を仕掛けた。中国河北省で4人の日本人を「スパイ容疑」で拘束したり、レアアースの対日禁輸で脅しをかけたのはその一例だ。

 日本政府は日中対決の幕引きに向けてアメリカの強力なサポートを期待し、中国の対応がここまでエスカレートするとは予測していなかったはずだ。日本メディアはこぞって、今回の決着を日本外交の敗北だと報道(日本共産党機関紙の「しんぶん赤旗」でさえ、政府に説明を求めた)。次回の世論調査では、菅直人首相の支持率が急落する可能性が高い。

 さらにまずいのは、中国の強硬姿勢を受けて日本が降伏したように見えるため、中国当局は今回の決着を勝利とみなしていることだ。ナショナリズムに燃える中国のネチズンや人民解放軍は、中国政府が今後も経済的、軍事的な手段を駆使して日本に強気の対応をするよう期待するだろう。

 オバマ政権が危機の最中に日本を安心させる効果的なメッセージを発したのは事実だ。だが、中国を戒めるメッセージを十分に示せたとはいえない。

周辺国はアメリカのリーダーシップに期待

 中国の周辺国は、アメリカのリーダーシップを求めている。少し前まで「対等な日米関係」を掲げてアメリカと距離を置こうとしていた日本の民主党でさえ、その思いは同じだ。オバマ政権はこのチャンスを最大限に活用して、同盟国との合同軍事演習を強化したり、領土問題をめぐる中国の攻撃的な姿勢に対する近隣地域の懸念に光を当てるようアジアの国際機関に働きかけるべきだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

プーチン大統領、習主席に哀悼の意 香港大規模火災巡

ワールド

米銃撃事件の容疑者、アフガンでCIAに協力か 移民

ワールド

ゼレンスキー氏、平和と引き換えに領土放棄せず─側近

ワールド

米ウ代表団、今週会合 和平の枠組み取りまとめ=ゼレ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果のある「食べ物」はどれ?
  • 4
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 5
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 6
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 9
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 10
    「攻めの一着すぎ?」 国歌パフォーマンスの「強めコ…
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 3
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 4
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 5
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 6
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 7
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 10
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中