最新記事

米軍事

ゲイ兵士差別はもういらない

同性愛の兵士に自己否定を強いる米軍「聞かざる言わざる」政策に、オバマ大統領は今こそピリオドを打つべきだ

2009年4月22日(水)12時54分
アナ・クインドレン(本誌コラムニスト)

星条旗の汚点 ゲイ兵士の存在が任務に悪影響を与えない証拠は山ほどある
Bob Strong-Reuters

 今シーズンに出版された本の裏表紙の推薦文で、最も意外だったのは、ジョン・シャリカシュビリ元米統合参謀本部議長が書いた一文だ。シャリカシュビリは現役時代、「同性愛であることを公言しない限り入隊を認める」という「聞かざる言わざる」政策を推進する立場にいた。

 その彼が、この方針をこてんぱんに批判したナサニエル・フランクの著書『アンフレンドリー・ファイアー(敵意ある誤爆)』に賛辞を寄せたのである。

 この方針が採用されたのは93年。同性愛の兵士を受け入れる規定だと大いに喧伝された。だが入隊の条件には、同性愛の行為をしないことも含まれている。つまり同性愛者は自分を偽り、否定することを強要された。

 この前提には、同性愛は恥ずべきことだという考えがある。このため「あいつはゲイだ」という噂がたって、模範的な兵士が嫌がらせにあったり、調査の対象になったり、ささいなトラブルで追放される事例が相次いだ。

1月だけで11人が除隊

 そもそもなぜ同性愛者を軍隊から排除しなければならないのか。安全保障上のリスクから、性感染症の恐れまで、もっともらしい理由が次々に持ち出された。挙句に言われたのが「部隊の団結」。兵士たちは同性愛者と一緒に軍務に就くことに抵抗があり、無理やり同性愛者と組ませると任務に支障を来たすというのだ。

 似たような理屈が、そう遠くない過去に利用されたことがある。黒人の兵士は白人と同じ部隊に入れるべきではないという議論だ。

 1942年、ある将官は「黒んぼを通常の軍務に就かせたとたん」全体のレベルが大幅に低下すると主張した。士気の低下から病気まで、黒人排除を正当化するために持ち出された理由とまったく同じ理由が今、ゲイ排除の口実となっている。

 黒人排除でもゲイ排除でも、それを正当化する材料として、兵士たちが黒人なり同性愛者に抵抗を感じることを示すアンケート結果が示されてきた。まるで軍隊は兵士が望むことしかさせないと言わんばかりだ。上官の命令が絶対的な力を持つのが軍隊ではないのか。

 黒人や同性愛者の入隊を認めることは、一部の根強い反発もあり簡単ではないが、筋は通っている──ビル・クリントン元大統領はそう考えて、新たな規定を設けた。

 だが、そこはいかにもクリントンらしく、みんなを満足させる妥協案で手を打とうとした。言うまでもなく、誰も満足しなかった。同性愛を不道徳とみなすキリスト教右派にすれば、ゲイの入隊を許す「聞かざる言わざる」政策は寛容すぎる。一方、リベラル派に言わせれば、一部の兵士に自分を偽らせることのほうが不道徳だ。

 このずさんな規定ができてから、同性愛の兵士たちがしわ寄せを受けた。もともと女性兵士にとって、軍隊は働きやすい場ではなかったが、女性は男性兵士以上に除隊させれられることが増えた。異性愛の男性からの誘いに抵抗しただけで、レズビアンとみなされたケースもある。

 脅しや暴力を伴った「魔女狩り」の嵐が吹き荒れて、軍隊を追われたゲイの兵士たちも少なくない。何千人もの兵士が追放されたため、対象事案を調査したり、特殊技術を持つ人員を補充するために多額の予算が費やされた。

 今年1月だけで、憲兵や医療の専門家を含む11人の陸軍兵士が例の軍規で除籍になった。上官から「非常に優秀な指導者」と評価されていた人物を含めて、アラブ語の通訳数十人も解雇された。

 一方で、定員を満たすために、特別措置として重罪で有罪判決を受けた人間(放火犯や強盗も含む)の入隊が認められるようになった。妻に日常的に暴力を振るっていた男は、イラクで捕虜を殴った疑いがもたれている。イラク兵を銃剣で刺した男も、入隊以前に暴行で逮捕された経歴をもつ。

 あまりに愚かな事態になったため、かつてはこの規定を支持していた人たちも考えを改めはじめた。シャリカシュビリもその1人だ。同性愛者排除の弊害を示す「証拠が出てきたこと」を重大に受け止めるべきだと、彼は推薦文に書いている。

20数カ国がゲイ差別禁止

 同性愛者がオープンな形で兵役に就いても任務には影響がないという証拠は、今になって出てきたわけではない。何十年も前から山ほどあった。権威あるシンクタンクや政府機関が何度も調査を行ってきたが、データよりも神話を好む軍の幹部がそのたびに調査結果を握りつぶしてきたのだ。

「聞かざる言わざる政策」は、米軍の名誉を汚している。オーストラリア、カナダ、イスラエル、イギリスなど同性愛者の入隊禁止規定を廃止した20数カ国の軍隊は何の問題なく機能しているのに、米軍にはそれができないということを意味するからだ。

 ロバート・ゲーツ国防長官は、この軍規について意見を求められて、自分もバラク・オバマ大統領も、アフガニスタンやイラク問題で手一杯だと答えた。

 だがオバマが公正で自由な国アメリカという理念を重視するなら、今すぐこの非合理的で偏見に満ちた軍規を廃止する大統領令を出すのが筋だろう。この軍規は米軍を弱体化し、アメリカの安全保障を脅かし、世界におけるアメリカの道義的な地位を切り崩す役にしか立たない。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

北朝鮮が軍事パレード、新型ICBM公開 金氏は海外

ワールド

トランプ氏、心臓年齢は実年齢マイナス14歳 健康状

ワールド

米政府、大規模な人員削減開始 政府機関閉鎖10日目

ワールド

米、11月から中国に100%の追加関税 トランプ氏
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:中国EVと未来戦争
特集:中国EVと未来戦争
2025年10月14日号(10/ 7発売)

バッテリーやセンサーなど電気自動車の技術で今や世界をリードする中国が、戦争でもアメリカに勝つ日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決」が話題に 「上品さはお金で買えない」とネット冷ややか
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収された1兆円超は誰のもの? 中国は「返還」要求
  • 4
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 5
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 6
    連立離脱の公明党が高市自民党に感じた「かつてない…
  • 7
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 8
    史上最大級の航空ミステリー、太平洋上で消息を絶っ…
  • 9
    【クイズ】ノーベル賞を「最年少で」受賞したのは誰?
  • 10
    サウジの伝統食「デーツ」がスーパーフードとして再…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレクトとは何か? 多い地域はどこか?
  • 3
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 4
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 5
    赤ちゃんの「耳」に不思議な特徴...写真をSNS投稿す…
  • 6
    祖母の遺産は「2000体のアレ」だった...強迫的なコレ…
  • 7
    ロシア「影の船団」が動く──拿捕されたタンカーが示…
  • 8
    ウクライナの英雄、ロシアの難敵──アゾフ旅団はなぜ…
  • 9
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 10
    トイレ練習中の2歳の娘が「被疑者」に...検察官の女…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 7
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 8
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 9
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 10
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中