最新記事

SNS

マイクロソフトの賭け、TikTok買収は「もろ刃の剣」

2020年8月6日(木)10時29分

米マイクロソフトが動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」の米国事業を取得すれば、さまざまなリスクを背負い込みかねない。写真はマイクロソフトのロゴ。バルセロナで2019年2月撮影(2020年 ロイター/Sergio Perez)

米マイクロソフトが動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」の米国事業を取得すれば、さまざまなリスクを背負い込みかねない。つまり大手IT企業に対する監視の目が厳しくなっているさなかに、政治的な危険が大きいソーシャルメディア事業に足を踏み入れるだけでなく、米中対立の渦にも巻き込まれてしまう。

半面、マイクロソフトにとって、傘下のビジネス向け求職交流サイト「リンクトイン」にティックトックを加えれば、今はフェイスブックやグーグルが支配するネット広告市場でより有力なプレーヤーになれる面もある。

マイクロソフトは2日、ティックトックの米国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの事業を対象に、9月15日までの完了を目指して買収協議を続けていく方針を表明した。ティックトックを運営する中国の北京字節跳動科技(バイトダンス)が、米政府から安全保障上のリスクを理由にティックトック売却を迫られているだけに、マイクロソフトは買収価格を巡る交渉で優位に立てそうだ。

ティックトックはあっという間に世界中の若者を取り込み、フェイスブックやグーグル傘下のユーチューブの強敵として登場した。もっともライバルたちと同じく、ティックトックも、偽情報の拡散や政治的偏見に満ちた投稿を取り締まるためのコンテンツ監視に多額のコストを負担することが求められている。

リフィニティブのデータからは、フェイスブックとグーグル親会社のアルファベットの総利益率が過去3年間に10%ポイントも下がった原因のほとんどが、コンテンツ監視強化のコストだったことが分かる。

教育メディア企業コンプレクスリーの最高経営責任者(CEO)で人気ユーチューバーとして知られるハンク・グリーン氏は「果たしてマイクロソフトが、ティーンの間にさまざまな陰謀論を広めるアプリを本当に保有したいのだろうか」と述べた上で、ティックトックが「特定の空気」を維持するためコンテンツを削除している慣行を指摘。こうした同社の判断に対しては、マイクロソフトのようにずっと有名な企業の一員になれば、世間の風当たりがもっとたびたび強まる可能性があるとの見方を示した。

今のところ、マイクロソフトは時価総額でアップルに次ぐ世界2位の巨大企業ながらも、近年は独占禁止法やデータ保護、中国事業といった問題で他の大手ITほどは批判にさらされていない。

賭けの要素

マイクロソフトは、サティア・ナデラ氏がCEOに就任した2014年以降、幾つかの大型買収を手掛けてきた。その中には人気ゲーム「マインクラフト」の開発元や、リンクトインが含まれる。前任のスティーブ・バルマー氏が主導した、ノキアの携帯電話事業買収などの案件が不首尾に終わったのと比べると、いずれもそれなりの成果を収めている。

例えば株価に50%のプレミアムを乗せた16年のリンクトイン買収は、ナデラ氏にとってそれまでで最大かつ最もリスクの高い取引だった。発表当時、アナリストは売上高の伸び悩みや何らかの利用規制が導入される恐れを挙げたため、マイクロソフト株は3%下落した。

もっともそうした懸念の一部は過剰だったのかもしれない。マイクロソフトは、メールソフト「アウトルック」などの自社製品とリンクトインの接続を慎重な形で進め、独占禁止法やプライバシー保護の面で当局に目を付けられる事態を巧みに回避してきた。そしてアナリストの間では、シナジー(相乗)効果の点でこの買収は成功したとの見方が大勢になっている。

リンクトインの広告収入は、足元でこそ新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な大流行)で鈍化したとはいえ、17─19年においてはマイクロソフトの各部門で最も急速に拡大した。アナリストの試算によると、リンクトインはなお赤字基調だが、広告と定額契約を通じてマイクロソフトに143億ドル(約1兆5000億円)の収入をもたらした。

ただティックトックは、もっと賭けの要素が大きい。なぜなら利用者はリンクトインほど高所得層ではなく、広告主として懐の豊かな消費者を取り込むためにより多くの支出をする流れにならないからだ。ティックトックの広告販売チームや技術はリンクトインに比べて熟練度が低く、ティックトックの方が市場での競争も激しい。

ボーハウス・アドバイザーズが先月実施した調査に基づくと、米国では少なくとも1週間に1回ティックトックを利用する大人は全体の11%で、ユーチューブの49%、フェイスブックの62%を下回っている。

またセンサー・タワーのデータによると、リンクトインがマイクロソフトに買収された時点で創業から13年が経過し、従業員1万1000人と世界中の月間ユーザー1億0500万人を抱えていた。これに対してティックトックは今、創業6年目で、米国の従業員は約1000人だが、マイクロソフトが買収対象にした4カ国におけるダウンロード件数は2億2600万件という。

ボーハウス・アドバイザーズを率いるマイク・ボーハウス氏は、リンクトインがセクターにおける支配的な地位と好調な収入、利益率を支えに成長してきた一方、ティックトックは信じられないほどのユーザー数の拡大と、モバイル広告収入を得られるチャンスとが、評価の土台になるとの見方を示した。

さらにティックトックを傘下に置けば、マイクロソフトは「イケてる」職場で働きたいと希望している若手エンジニアにとっては有力な就職先候補に浮上するほか、フェイスブックやグーグルとは別の場所を求めている広告主の受け皿になることができるだろう。

(Paresh Dave記者)

[ロイター]


トムソンロイター・ジャパン

Copyright (C) 2020トムソンロイター・ジャパン(株)記事の無断転用を禁じます


【関連記事】
・ヒューストンの中国総領事館はコロナ・ワクチンを盗もうとしていた?
・巨大クルーズ船の密室で横行するレイプ
・中国・三峡ダム、警戒水位を16m上回る 長江流域で支流河川に氾濫の恐れ、住民数千人が避難路
・世界が激怒する中国「犬肉祭り」の残酷さ


2020081118issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
楽天ブックスに飛びます

2020年8月11日/18日号(8月4日発売)は「人生を変えた55冊」特集。「自粛」の夏休みは読書のチャンス。SFから古典、ビジネス書まで、11人が価値観を揺さぶられた5冊を紹介する。加藤シゲアキ/劉慈欣/ROLAND/エディー・ジョーンズ/壇蜜/ウスビ・サコ/中満泉ほか

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英中銀、政策金利据え置き 労働市場低迷とエネ価格上

ビジネス

台湾中銀、政策金利据え置き 年内の利下げ示唆せず

ビジネス

ECB、政策変更なら利下げの可能性高い=仏中銀総裁

ビジネス

世界の外国直接投資、昨年は実質減 今年はさらに悪化
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越しに見た「守り神」の正体
  • 2
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 3
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火...世界遺産の火山がもたらした被害は?
  • 4
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 5
    「アメリカにディズニー旅行」は夢のまた夢?...ディ…
  • 6
    下品すぎる...法廷に現れた「胸元に視線集中」の過激…
  • 7
    ホルムズ海峡の封鎖は「自殺行為」?...イラン・イス…
  • 8
    マスクが「時代遅れ」と呼んだ有人戦闘機F-35は、イ…
  • 9
    【クイズ】「熱中症」は英語で何という?
  • 10
    ロシア人にとっての「最大の敵国」、意外な1位は? …
  • 1
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 2
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越しに見た「守り神」の正体
  • 3
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未…
  • 6
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?.…
  • 7
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 10
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 5
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 6
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 7
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 10
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中