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憎かった兄の突然死、倒れていたアパートには黒いシミが残り...妹が元妻とタッグを組んで兄を終う

2025年5月2日(金)11時30分
村井理子(翻訳家・エッセイスト)

履歴書にあった文字を頭のなかから搔き消して、すぐさまソファから立ち上がり、兄の寝室の入り口に立った。もう逃げることはできない。ここを片付けなければ何もはじまらない。ここを片付けなくちゃ、兄はここから去ってはくれない。

しかし、畳に敷かれたラグの上のシミを見て、二の足を踏んでいた。何より、強烈な臭いに気圧(けお)されていた。しばらく立ちすくんでいると、私を押しのけるようにして、良一君の部屋にいたはずの喪服姿の加奈子ちゃんがズカズカと部屋に入り、汚れたラグを畳から勢いよく引き剝がしだした。


強烈な臭いと黒いシミが残された布団

「えっ!」と思わず声が出た私に、加奈子ちゃんは、「ほら、そっち! 早く!」と促した。まだ心の準備ができていないんだって! と思いつつも、加奈子ちゃんの迫力に負けた。

やらねばなるまいと意を決し、私もラグを摑んで畳から引き剝がし、加奈子ちゃんとあうん呼吸で一気に四つ折りにして、満里奈ちゃんが広げてくれたゴミ袋に突っ込み、口を固く縛った。そしてそのゴミ袋を、うりゃあ! というかけ声とともにキッチンに投げ込んだ。

次に加奈子ちゃんは黒いシミがついた布団を猛スピードで畳み、あたりにあった汚れた寝具まですべて畳んで、ベッドの上に次々と重ねていった。

あ、それは私が......と言いつつ、尻込みしている軟弱な私にかまわず、加奈子ちゃんは全身から強いオーラを放ちながら(なんのオーラかはわからないが)私がやるべきもっともダーティーな作業を、猛スピードでやってのけた。


村井理子(むらい・りこ)

翻訳家/エッセイスト 1970年静岡県生まれ。滋賀県在住。ブッシュ大統領の 追っかけブログが評判を呼び、翻訳家になる。現在はエッセイストとしても活躍。

著書に『兄の終い』『全員悪人』『いらねえけどありがとう』『訳して、書いて、楽しんで』 (CCCメディアハウス)、『家族』(亜紀書房)、『義父母の介護』(新潮社)、 『ある翻訳家の取り憑かれた日常』(大和書房)他。訳書に 『ゼロからトースターを作ってみた結果』『「ダメ女」たちの人生を変えた奇跡の料理教室』(新潮文庫)、『ラストコールの殺人鬼』(亜紀書房)、『射精責任』(太田出版)他。

◇ ◇ ◇

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