「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Diaries』論争に欠けている「本当の問題」

DOCUMENTARY FILMMAKERS ARE RUTHLESS

2025年3月3日(月)14時31分
森 達也(映画監督、作家)

伊藤詩織氏の顔が写ったドキュメンタリー映画『Black Box Diaries』のポスター

IMDB

それまでの僕は、「ドキュメンタリーは客観的であるべきだ」「中立公正を常に意識しろ」など先輩たちからの助言をそのまま受け取っていた。それがドキュメンタリーのあるべき姿と思い込み、自己紹介するときには「報道系とドキュメンタリー系です」などと当たり前のように答えていた。

加害側に立つ覚悟と負い目

でもそれは違うと気が付いた。報道(ジャーナリズム)とドキュメンタリーは全く違う。ドキュメンタリーは自己表現なのだ。自分の感覚や思い、つまり主観を、現実の断片を利用して再構成する。

もちろん、断片ではあっても現実は現実だ。テーマも含めてジャーナリスティックな方向と重なることは少なくない。だからテレビ時代の僕のように、勘違いする人は今も後を絶たない。


でもそれは、たまたま重なっただけなのだ。同一視してはならない。ドキュメンタリーとジャーナリズムは似て非なるもの。向きが違うのだ。

ちなみに、フジテレビだけではなく在京のテレビ局全てから放送を断られたオウムのドキュメンタリーは、その後に『A』というタイトルで僕にとって初めての映画になった。

そして冒頭に引用した『「A」マスコミが報道しなかったオウムの素顔』の元本である『「A」撮影日誌──オウム施設で過ごした13カ月』(現代書館)は、僕にとって初めての書籍となる。つまりこのときの体験は、その後も現在も僕自身の原点だ。

ジャーナリストは公益性や社会正義の実現、権力監視や弱者救済を使命として、情報提供者は絶対に守るなど多くの規範やルールを自らに課す。二重三重の裏取りやファクトチェックも欠かせない。中立性や客観性もできる限り意識しなくてはならない。

その理由の1つは、取材や公開の過程で(特に映像メディアの場合は)強い加害性を帯びるからだ。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

アングル:値上げ続きの高級ブランド、トランプ関税で

ワールド

訂正:トランプ氏、「適切な海域」に原潜2隻配備を命

ビジネス

トランプ氏、雇用統計「不正操作」と主張 労働省統計

ビジネス

労働市場巡る懸念が利下げ支持の理由、FRB高官2人
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ関税15%の衝撃
特集:トランプ関税15%の衝撃
2025年8月 5日号(7/29発売)

例外的に低い日本への税率は同盟国への配慮か、ディールの罠か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 3
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿がSNSで話題に、母親は嫌がる娘を「無視」して強行
  • 4
    カムチャツカも東日本もスマトラ島沖も──史上最大級…
  • 5
    【クイズ】2010~20年にかけて、キリスト教徒が「多…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    これはセクハラか、メンタルヘルス問題か?...米ヒー…
  • 8
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 9
    オーランド・ブルームの「血液浄化」報告が物議...マ…
  • 10
    一帯に轟く爆発音...空を横切り、ロシア重要施設に突…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 3
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜つくられる
  • 4
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
  • 5
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 6
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 7
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 8
    中国が強行する「人類史上最大」ダム建設...生態系や…
  • 9
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 10
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 3
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 4
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 5
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 6
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 7
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 8
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 9
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 10
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中