最新記事
文学

村上春樹、「ぼく」の自分探しの旅は終着点に到達した...ここまで来るのに40年以上の歳月を要した

A Return to Wonderland

2024年12月17日(火)17時15分
ローラ・ミラー(コラムニスト)

newsweekjp20241217052401-f4341fce8d40b58e228bed7a756dc0500049bdcc.jpg

英語版は2024年11月に発売 COURTESY OF PENGUIN RANDOM HOUSE

初期の村上の作品にあふれているSFや探偵小説のような要素は、『街とその不確かな壁』からは一掃されている。むしろ瞑想的で、メランコリックで、謎解きは誰かの陰謀ではなく、自分探しの性格を持つ。


「本当の私」がいる場所

壁に囲まれた街は、主人公が高校生のときに出会った少女とつくり上げた想像の世界だ。彼女はある日突然姿を消してしまい、主人公はひどく動揺するが、やがて書籍の取次会社に就職して、ごく普通に年を重ねていく。

ところが40代のある日、穴に落ちて(村上の物語によく登場するモチーフだ)気を失い、壁に囲まれた街で目が覚める。かつて少女は、本当の自分が生きているのはその高い壁に囲まれた街で、彼も心から望めばそこに入れると言っていたのだった。

村上の作品は、唯我論的と評されることが多い。実際、『街とその不確かな壁』の中核を成すのも、自己をいかに構築して維持するかの物語だ。それはしばしば、自らの幸福も他者の幸福も犠牲にして追求される。

極度に内向的な読者は、「この現実が私のための現実ではないという肌身の感覚は、そこにある深い違和感は、おそらく誰とも共有できないものだ」という主人公の感覚に、深く共感するかもしれない。

社交的な読者も、壁に囲まれた街にある種の魅力を感じるかもしれない。そこは確かな静けさが支配していて、季節は予想を裏切ることなく巡ってくる。結局のところ、多くの政治運動の根幹を成すのは、こうした昔ながらの継続性への憧憬ではないか。

壁に囲まれた街にとどまるためには、自分の影と切り離されることに同意しなければならない。ひとたび本体と切り離されると、影はゆっくりと弱っていく。それは主人公の別の一面らしく、より分析的で、冒険的なきらいがある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:欧州の防衛技術産業、退役軍人率いるスター

ワールド

アングル:米法科大学院の志願者増加、背景にトランプ

ビジネス

逮捕475人で大半が韓国籍、米で建設中の現代自工場

ワールド

FRB議長候補、ハセット・ウォーシュ・ウォーラーの
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 3
    眠らないと脳にゴミがたまる...「脳を守る」3つの習慣とは?
  • 4
    「稼げる」はずの豪ワーホリで搾取される日本人..給…
  • 5
    「生きられない」と生後数日で手放された2本脚のダ…
  • 6
    ロシア航空戦力の脆弱性が浮き彫りに...ウクライナ軍…
  • 7
    「ディズニー映画そのまま...」まさかの動物の友情を…
  • 8
    金価格が過去最高を更新、「異例の急騰」招いた要因…
  • 9
    ハイカーグループに向かってクマ猛ダッシュ、砂塵舞…
  • 10
    今なぜ「腹斜筋」なのか?...ブルース・リーのような…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 3
    眠らないと脳にゴミがたまる...「脳を守る」3つの習慣とは?
  • 4
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 5
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...…
  • 6
    「生きられない」と生後数日で手放された2本脚のダ…
  • 7
    「あのホラー映画が現実に...」カヤック中の男性に接…
  • 8
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害…
  • 9
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 10
    「見せびらかし...」ベッカム長男夫妻、家族とのヨッ…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 6
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 7
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 10
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中