最新記事
世界が尊敬する日本人100

「戦争に芸術をつぶさせるわけにはいかない」ウクライナ国立バレエを率いる日本人、寺田宜弘の「戦いの舞台」

Nobuhiro Terada

2023年8月18日(金)13時30分
高木由美子(本誌記者)
ウクライナ国立バレエ今年の新作『ファイブ・タンゴ』。劇場のダンサーたちと寺田

ウクライナ国立バレエ今年の新作『ファイブ・タンゴ』。劇場のダンサーたちと寺田(中央) COURTESY OF KORANSHA

<キーウの歌劇場を夢見た少年が、今、ウクライナ国立バレエの芸術監督として新しい風を吹き込む。本誌「世界が尊敬する日本人100」特集より>

ウクライナがまだソ連の構成国で、日本人の姿などどこにも見当たらなかった40年前。大きなシャンデリアの輝くキーウの歌劇場を見た7歳のバレエ少年は、絶対にこの舞台に立ちたいと夢を描いた。現在、芸術監督としてウクライナ国立バレエを率いる寺田宜弘の原点だ。

【動画】寺田宜弘が率いるウクライナ国立バレエのパフォーマンス

京都でバレエ教師の両親のもとに生まれた寺田は1987年、バレエ芸術の中心地キーウの国立バレエ学校に11歳で単身留学した。「8人部屋の寮生活で、水も食料も十分でないペレストロイカの時代。でも皆が大きな夢の下に助け合い、つらいと感じたことはなかった」と、寺田は言う。

19歳で国立バレエに入団し、ソリストとして活躍。国立バレエ学校の芸術監督に就任して指導者としての人生をスタートしたのは36歳の時だ。ウクライナでは異例の日本人監督の起用。「新しい時代をつくってほしい」と期待された。

寺田は青少年のための国際フェスティバルを開催するなど、ウクライナと世界のバレエ界をつなぐ活動にも尽力した。2021年には国立バレエの副芸術監督に任命された。

事態が暗転したのは昨年2月24日だ。日本大使館の勧告に従い前夜の最終便でポルトガルに移動した寺田は、ロシアが本当にウクライナを侵攻したと早朝の電話で知らされた。信じ難い思いだった。

劇場は閉鎖され、多くの団員が国外に逃れた。ドイツに渡った寺田は、国外避難したダンサーをサポートし、各国バレエ団での受け入れを求めて奔走した。さらには、散り散りになった団員を集め、昨夏の来日公演を予定どおり実現。寺田の調整力と各国バレエ界での人脈、それにウクライナの芸術を守り抜こうとの熱意が結実した成果だった。

そんな寺田が昨年12月、国立バレエのトップである芸術監督に就任したのは必然の流れだろう。ロスティスラフ・カランデーエフ文化副大臣は、「彼のウクライナでの年月はウクライナ文化への深い理解によって育まれた」と語る。「就任数カ月で既に、著しい成果が見えている。困難な状況下で彼はバレエ団を守り、数々の新たな舞台を生み出し、日本を含む多くの国外公演を率いてきた」

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

独ZEW景気期待指数、12月は45.8に上昇 予想

ワールド

ウクライナ提案のクリスマス停戦、和平合意成立次第=

ビジネス

EUの炭素国境調整措置、自動車部品や冷蔵庫などに拡

ビジネス

EU、自動車業界の圧力でエンジン車禁止を緩和へ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連疾患に挑む新アプローチ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 6
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 7
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 8
    アダルトコンテンツ制作の疑い...英女性がインドネシ…
  • 9
    FRBパウエル議長が格差拡大に警鐘..米国で鮮明になる…
  • 10
    「なぜ便器に?」62歳の女性が真夜中のトイレで見つ…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 7
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 8
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 9
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中