最新記事
映画

ドキュメンタリー映画『デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム』にひどく失望...マニアには物足りないし、若いファンには混乱の元

Making a Mess of a Goldmine

2023年3月15日(水)12時30分
カール・ウィルソン

ボウイは情報をこよなく愛し、知性を重んじた。

「レッツ・ダンス」が大ヒットした80年代中盤はそうした姿勢が揺らいだが、当時の彼は薬物依存から回復したばかりでカネもレコード契約もなく、過去のアイデアは後進が使い古していた(こうしたことを本作は一切教えない)。そこで王道のポップス路線に挑戦しようと考えたのだ。

映画の中でボウイは80年代を「人生の空白期」と表現するが、この発言の扱い方は誤解を招く。当時の複数のアルバムについて、確かにボウイは後悔を口にした。だがナイル・ロジャースと共同プロデュースした名盤『レッツ・ダンス』を否定したことは、一度もなかった。

モーゲンはこのくだりを、まるでボウイを彼自身の作品で攻撃するかのように72年の「ロックン・ロールの自殺者」に乗せて描く。さらにはスクリーンに、けばけばしいモンスターや悪霊を跋扈させる。

遺作も死の衝撃もスルー

編集もいただけない。映像はクロスフェードし重なり合って混濁し、流砂のように流れていく。

レアなライブ映像や別テイクの音源やドキュメンタリーなど、素材はいい。だが全部一緒くたにされて特殊効果をかけられ2時間15分のミュージックビデオに仕立てられたら、どんな素材も力を失う。

パーソナルな場面は貴重だ。ロンドン郊外で過ごした幼少期についてボウイは「感情と精神を切り刻まれた」と述懐し、後の作品を貫く孤立感と孤独をうかがわせる。

イマンと結婚して安らぎを得たことも、たびたび語る。しかし妻との関係を垣間見せる映像はなく、代わりに映画『地球に落ちて来た男』や『戦場のメリークリスマス』の出演シーンが実生活であるかのように挿入される。

私が一番期待したのはホームムービーではなく、創作の記録だ。けれどもモーゲンは音楽作りのプロセスにも関心がないらしい。

ブライアン・イーノとのコラボレーションにさらりと触れるだけで、ほかの協力者は取り上げない。レコーディングやリハーサルの風景も見せない。本作の音楽プロデューサーを務めた盟友トニー・ビスコンティとの交流にも、ほとんど焦点を当てない。

あれだけ80年代のボウイを冷遇したわりに、創造性が再び開花した90年代の活動はなぜか素通りする。遺作『★(ブラックスター)』の舞台裏も、その発表から2日後、16年1月10日に訪れた死の衝撃も掘り下げない。

フィンセント・ファン・ゴッホやグスタフ・クリムトの絵画を引き伸ばして映像化する今どきの「没入型ミュージアム」に行っても、芸術の神髄は分からない。この手のショーは絵画ではなくポスター、美術館ではなくミュージアムショップなのだから。

同様に、この映画を見てもボウイは理解できない。

マニアには物足りないし、若いファンには混乱の元。『ムーンエイジ』はボウイにふさわしいドキュメンタリーでも、未来に伝えたい作品でもない。

©2023 The Slate Group

Moonage Daydream
デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム
監督/ブレット・モーゲン
出演/デヴィッド・ボウイ
日本公開は3月24日

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、一時150円台 米経済堅調

ワールド

イスラエル、ガザ人道財団へ3000万ドル拠出で合意

ワールド

パレスチナ国家承認は「2国家解決」協議の最終段階=

ワールド

トランプ氏、製薬17社に書簡 処方薬価格引き下げへ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ関税15%の衝撃
特集:トランプ関税15%の衝撃
2025年8月 5日号(7/29発売)

例外的に低い日本への税率は同盟国への配慮か、ディールの罠か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから送られてきた「悪夢の光景」に女性戦慄 「這いずり回る姿に衝撃...」
  • 2
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 3
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 4
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 5
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 6
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 7
    一帯に轟く爆発音...空を横切り、ロシア重要施設に突…
  • 8
    街中に濁流がなだれ込む...30人以上の死者を出した中…
  • 9
    【クイズ】2010~20年にかけて、キリスト教徒が「多…
  • 10
    50歳を過ぎた女は「全員おばあさん」?...これこそが…
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの習慣で脳が目覚める「セロ活」生活のすすめ
  • 3
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜つくられる
  • 4
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
  • 5
    航空機パイロットはなぜ乗員乗客を道連れに「無理心…
  • 6
    中国が強行する「人類史上最大」ダム建設...生態系や…
  • 7
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 8
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 9
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 10
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 3
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 4
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 5
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 6
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 7
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 10
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中