最新記事

映画

演技は悪くないが、今なぜコレ?──「置いてけぼり感」だけが残る迷走映画の是非

Stylish but Tepid

2022年11月16日(水)12時02分
デーナ・スティーブンズ(映画評論家)

221122p50_DWR_01.jpg

砂漠の中に開発された新興住宅地「ビクトリー」 ©2022 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED.

ここから先はこの映画を既に見た人か、ネタバレを気にしない人に読んでほしい。

ジャックがビクトリー・プロジェクトで出世するにつれ、アリスは自宅の壁が自分に迫ってくるような錯覚など、奇妙な遁走状態を経験しだす。それがアリスのトラウマによる幻覚なのか、なんらかのマインドコントロールなのかは、観客にも判断できない。

やがて、ビクトリーで起こることは全て大掛かりなコンピューター・シミュレーションの一部であることが明らかになる。いつもはやりのスーツと髪形で決めたジャックも、現実の世界ではくたびれたパーカを着て無精ひげをたくわえている。

現実の世界のアリスは、そんなジャックの横で目をぱっちり開けた状態でベッドに拘束されている。2人の意識はどういうわけか、砂漠のパラダイスにいるデジタル版の2人に送信されている。

「どういうわけか」は、この映画の後半を説明するのに欠かせない言葉だ。だいたいフランクが、なぜカルト教団の教祖のようなまねをしているのか分からない。

一度だけ、男女の役割を「自然な状態」に戻したいというフランクとアリスが意見を戦わせる場面があるが、その後2人がまともに交流するシーンはない。

映画の終盤で、なぜ多くの女性が突然「目覚める」ようになるのかも分からない。フランクがどこかでビクトリーの野望を説いてくれるとよかったのだが、それもない(パインの演技力なら見事なシーンになっただろう)。フランクの扱いは、この映画で最も残念な部分の1つだ。

おかげで本作には、「は?」と思うシーンがてんこ盛りだ。アリスとジャックの関係が変わっていく理由も全く分からない。アリスは幻覚をたくさん見るのだが、その意味も理由も明らかにされない。

それは映画の最後の最後まで続く。確かにアートの世界は、なんでも言葉で説明すればいいというものではない。だが、いくらなんでもこれはないのではないか。観客には、とてつもない「置いてけぼり感」が残るエンディングだ。

しかし、ストーリーの矛盾(あるいは欠陥)もさることながら、最大の問題はその設定にある。ビクトリーに暮らす主婦たちの閉塞感と、アリスの目覚めはフェミニズムを感じさせるが、この設定は2022年のジェンダー政治に全く居場所がない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシア西部2州で橋崩落、列車脱線し7人死亡 ウクラ

ビジネス

インフレ鈍化「救い」、先行きリスクも PCE巡りS

ワールド

韓国輸出、5月は前年比-1.3% 米中向けが大幅に

ワールド

米の鉄鋼関税引き上げ、EUが批判 「報復の用意」
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岐路に立つアメリカ経済
特集:岐路に立つアメリカ経済
2025年6月 3日号(5/27発売)

関税で「メイド・イン・アメリカ」復活を図るトランプ。アメリカの製造業と投資、雇用はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシストの特徴...その見分け方とは?
  • 2
    3分ほどで死刑囚の胸が激しく上下し始め...日本人が知らないアメリカの死刑、リアルな一部始終
  • 3
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「MiG-29戦闘機」の空爆が、ロシア国内「重要施設」を吹き飛ばす瞬間
  • 4
    「ホットヨガ」は本当に健康的なのか?...医師らが語…
  • 5
    ペットの居場所に服を置いたら「黄色い点々」がびっ…
  • 6
    【クイズ】生活に欠かせない「アルミニウム」...世界…
  • 7
    メーガン妃は「お辞儀」したのか?...シャーロット王…
  • 8
    「これは拷問」「クマ用の回転寿司」...ローラーコー…
  • 9
    「ウクライナにもっと武器を」――「正気を失った」プ…
  • 10
    イーロン・マスクがトランプ政権を離脱...「正直に言…
  • 1
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「MiG-29戦闘機」の空爆が、ロシア国内「重要施設」を吹き飛ばす瞬間
  • 2
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシストの特徴...その見分け方とは?
  • 3
    3分ほどで死刑囚の胸が激しく上下し始め...日本人が知らないアメリカの死刑、リアルな一部始終
  • 4
    今や全国の私大の6割が定員割れに......「大学倒産」…
  • 5
    【クイズ】世界で最も「ダイヤモンド」の生産量が多…
  • 6
    「ウクライナにもっと武器を」――「正気を失った」プ…
  • 7
    「ディズニーパーク内に住みたい」の夢が叶う?...「…
  • 8
    ヘビがネコに襲い掛かり「嚙みついた瞬間」を撮影...…
  • 9
    【クイズ】世界で2番目に「金の産出量」が多い国は?
  • 10
    イーロン・マスクがトランプ政権を離脱...「正直に言…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 3
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 4
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 7
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 8
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 9
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 10
    3分ほどで死刑囚の胸が激しく上下し始め...日本人が…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中