最新記事

BOOKS

『悪童日記』訳者・堀茂樹と「翻訳」の世界をのぞく──外国語に接することは「寛容の学校」

2020年2月4日(火)18時05分
Torus(トーラス)by ABEJA

Torus_hori9.jpg


──原書を初めて読んだときの感動や、「これを絶対に翻訳したい!」という情熱も、人間ならではのものですね。

堀:美しい秋晴れや、豪雨のあとの虹を見たら、誰かに伝えたくなる。映画を観て感動したら、友達にも勧めたくなるじゃないですか。

私がアゴタ・クリストフの作品を訳したのも、まったく同じです。自分が読んで本当にたまげたからですよ。「一体なんなんだ。このすごい作品は!」「日本の読者はまったく知らないでいる。だったら紹介しなくちゃ!」という思いです。

人間というのは自己本位の生き物だけれど、そうは言っても、個人の中には他者との関係がくさびのように打ち込まれていると私は思う。なぜか感動を他者と共有したがる、そういう生き物なんです。

それと、大事なことは、「作品」というものは、1回限りの、繰り返しの効かない偶然性に左右されることもあるということ。計算できない要素で売れたり、支持されたりすることも、ままあります。

実は『悪童日記』は、版元の宣伝対象としては最低ランクでした。当時フランス文学はまったく売れないというのが相場だったし、著者は無名、訳者もどこの馬の骨か分からない(笑)。それでも結果としてあれだけの人に読まれたのは、やはり作品そのものの力なんです。

日本では、これが売れそうだとか、あれが売れたから同じものを出そうとか、そんなことばかり言っているけど、似たようなものを紹介したって仕方ない。

今だから言いますが、私が『悪童日記』を日本に紹介したいと思ったのは、そういう生ぬるい風潮に風穴を空け、本物の文学の持つ力で同胞たちにショックを与えたいという野心もあったからなんです。

宣伝やマーケティングは大事だし、読まれるための努力も必要です。でも一番大切なことは、本当に良い作品を世に出したい、人に感動を伝えたいという信念ですよ。

そこを見失ってはいけないんです。

取材・文=石川智也  写真:西田香織   編集:錦光山雅子 

Torus_hori10.jpg

堀茂樹(ほり・しげき)

1952年、滋賀県生まれ。東京日仏学院講師、慶応義塾大学名誉教授。主要訳書にアゴタ・クリストフ『悪童日記』『ふたりの証拠』『第三の噓』をはじめ、アニー・エルノー『シンプルな情熱』、シモン・レイス『ナポレオンの死』、ダニエル・サルナーヴ『幻の生活』、ディディエ・デナンクス『記憶のための殺人』など。著書に『今だから小沢一郎と政治の話をしよう』、共著に『グローバリズムが世界を滅ぼす』エマニュエル・トッドなど。

※当記事は「Torus(トーラス)by ABEJA」からの転載記事です。
torus_logo180.png

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ政権、予算教書を公表 国防以外で1630億

ビジネス

NY外為市場=ドル下落、堅調な雇用統計受け下げ幅縮

ワールド

トランプ氏誕生日に軍事パレード、6月14日 陸軍2

ワールド

トランプ氏、ハーバード大の免税資格剥奪を再表明 民
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 2
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 3
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単に作れる...カギを握る「2時間」の使い方
  • 4
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 5
    目を「飛ばす特技」でギネス世界記録に...ウルグアイ…
  • 6
    宇宙からしか見えない日食、NASAの観測衛星が撮影に…
  • 7
    古代の遺跡で「動物と一緒に埋葬」された人骨を発見.…
  • 8
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 9
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 10
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 10
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中