最新記事

セクシュアリティ

歴史の中の多様な「性」(1)

2015年11月30日(月)20時00分
三橋順子(性社会・文化史研究者)※アステイオン83より転載

 そして、キリスト教の結婚式では、神の教えを記した聖書(旧約・新約)は必需である。その「旧約聖書」には「女と寝るように男と寝る者は、ふたりとも憎むべき事をしたので、必ず殺されなければならない」(「レビ記」第二〇章一三節)と、男性同性愛への厳しい禁忌が明記されているのだから、同性結婚式ができるはずはなかった。

 それに対して、日本の伝統宗教(神道・仏教)には、同性愛的なものを否定し拒絶する規範がない。

 古典に詳しい方からは、『日本書紀』神功皇后摂政元年二月条に見える「阿豆那比(あずない)の罪」はどうなのだ? という指摘があるかもしれない。小竹祝(しののはふり)と天野祝(あまののはふり)は仲の良い友人だったが、小竹祝が病で死んでしまい、悲しんだ天野祝は「別のところに葬られたくない」と、小竹祝の骸の上に倒れて死んでしまう。願い通り二人を合葬したところ、昼なのに夜のような暗さが続いた。そこで、皇后が古老に問うたところ「阿豆那比の罪です」と言うので、墓を開いて二人の骸を別々に改葬したところ、光が復したという話だ。

 たしかに「阿豆那比の罪」を男色の禁忌とする解釈は、江戸時代後期の国学者・歌人岡部東平(一七九四‐一八五六)が「阿豆那比考」(一八四二年)で唱えて以来、受け継がれ、現在でもその説をとる研究者はいる。しかし、『書紀』の原文には「(阿豆那比の罪とは)何のことか?」という皇后の問いに対して、古老が「二社の祝を合葬したことでしょう」とはっきり答えているので「阿豆那比の罪」を男色の罪と解釈する余地はなく、通説通り、異なる共同体の祭祀を担う祝(神官)を合葬することの禁忌と見るべきである(難波美緒「『阿豆那比の罪』に関する一考察」『早稲田大学大学院文学研究科紀要(第四分冊)』五九号、二〇一四年)。「阿豆那比の罪」を男色の禁忌とする説には、近・現代の同性愛嫌悪が投影されているように思う。

 ところで、尾張名古屋の熱田神宮といえば、ヤマトタケル愛用の草薙剣を御神体とする全国でも有数の著名な神社だ。その熱田の神が「長恨歌」で有名な唐の玄宗皇帝の寵妃楊貴妃だという話がある。『長恨歌并琵琶引私』という室町時代の写本には「玄宗ノ日本ヲ攻テ取ラントスル処ニ、熱田明神ノ美女ト成リテ、玄宗ノ心ヲ迷スト云」とあり、熱田の神が美女楊貴妃となって、玄宗皇帝の心を蕩とろかし、日本侵略の意図を挫折させたということになっている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米中、TikTok巡り枠組み合意 首脳が19日の電

ワールド

米政府、16日に対日自動車関税引き下げ

ワールド

トランプ氏、メンフィスで法執行強化 次はシカゴと表

ワールド

イスラエルのカタール攻撃、事前に知らされず=トラン
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く締まった体幹は「横」で決まる【レッグレイズ編】
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 6
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 7
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 8
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中