最新記事

BOOKS

日本人ムスリムの姿から、大切な「当たり前」を再確認する

平和な宗教か凶悪な宗教か――『日本の中でイスラム教を信じる』が突きつける理解と無理解

2015年7月24日(金)19時38分
印南敦史(書評家、ライター)

『日本の中でイスラム教を信じる』(佐藤兼永著、文芸春秋)は、きのうからきょうへと続く日常のなかで忘れてしまいがちなことを目の前に突きつけてくれる。国籍がどうであろうと、性別がどうであろうと、考え方がどうであろうと、大半の人間は「わりと普通」だということだ。

 著者は14年近くにわたり、日本に暮らすイスラム教徒(ムスリム)の取材を行ってきたというフォトジャーナリスト。そこまで長い時間を費やしたことにまずは驚かされるが、「日本人と宗教」という問題を漠然と意識するようになったのは、2001年のことだったそうだ。その年の5月に富山県内のモスク(イスラム教の礼拝所)から持ち出されたコーランが破り捨てられ、さらにその4ヶ月後には9・11が起きたからである。

 そのとき、毎日のようにテロの映像がテレビで流れるなか、それまでほとんどメディアに登場することがなかった在日外国人イスラム教徒たちが判で押したように「イスラム教は平和な宗教です」と訴える姿にむなしさをおぼえ、同時に「私は彼らのことを何も知らない」とも気づかされたのだという。

 その気持ちは理解できる。たとえば今年1月のシャルリ・エブド襲撃事件は、イスラム教に対する私たちの無理解を露呈させもしたし、イスラム教の教義に反するはずである「イスラム国」の存在は、「イスラム教=凶悪」という大きな誤解を生むことにもなったのだから。

 しかし、それは仕方のないことでもあるだろう。報道では極端な部分ばかりがクローズアップされるし、また実際のところ、イスラム教徒でない限り理解できない問題も多いのだから。たとえば後者についてのいい例は、「最後の審判」だろう。死後に最後の審判が開かれ、人が裁けないもの(「良心」に従ってイスラム教の教えを実践したかどうかなど)も含めた、人間の罪悪が裁かれるという考え方。本書にも、そのことについての日本人イスラム教信者のことばが紹介されている。


「最後の審判のような『概念』について話をすると、ムスリムがどれだけ生き生きと生活しているかが見えないんですよ。概念についての関心だけが先行するから、イスラム教が『異常な洗脳宗教』みたいに思われちゃう」(199ページより)


 事実、イスラム教を「異常な洗脳宗教」、もしくはそれに近い存在として捉えていた人は少なくないだろう。かくいう私だって、偉そうなことをいえた義理ではない。偏見はきっとあったし、だから「どう接したらいいのか」で悩んだこともある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米CB消費者信頼感、5月は102.0 インフレ懸念

ワールド

イスラエル戦車、ラファ中心部に初到達 避難区域砲撃

ワールド

香港、国家安全条例で初の逮捕者 扇動の容疑で6人

ワールド

サウジ国王、公務に復帰 肺炎治療後初の閣議出席=報
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
2024年6月 4日号(5/28発売)

強硬派・ライシ大統領の突然の死はイスラム神権政治と中東の戦争をこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像をウクライナが公開...シャベルで応戦するも避けきれず

  • 2

    汎用AIが特化型モデルを不要に=サム・アルトマン氏最新インタビュー

  • 3

    プーチンの天然ガス戦略が裏目で売り先が枯渇! 欧州はロシア離れで対中輸出も採算割れと米シンクタンク

  • 4

    中国海軍「ドローン専用空母」が革命的すぎる...ゲー…

  • 5

    「なぜ彼と結婚したか分かるでしょ?」...メーガン妃…

  • 6

    コンテナ船の衝突と橋の崩落から2カ月、米ボルティモ…

  • 7

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 8

    TikTokやXでも拡散、テレビ局アカウントも...軍事演…

  • 9

    少子化が深刻化しているのは、もしかしてこれも理由?

  • 10

    メキシコに巨大な「緑の渦」が出現、その正体は?

  • 1

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発」で吹き飛ばされる...ウクライナが動画を公開

  • 2

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像をウクライナが公開...シャベルで応戦するも避けきれず

  • 3

    「なぜ彼と結婚したか分かるでしょ?」...メーガン妃がのろけた「結婚の決め手」とは

  • 4

    ウクライナ悲願のF16がロシアの最新鋭機Su57と対決す…

  • 5

    黒海沿岸、ロシアの大規模製油所から「火柱と黒煙」.…

  • 6

    戦うウクライナという盾がなくなれば第三次大戦は目…

  • 7

    能登群発地震、発生トリガーは大雪? 米MITが解析結…

  • 8

    「天国にいちばん近い島」の暗黒史──なぜニューカレ…

  • 9

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された─…

  • 10

    少子化が深刻化しているのは、もしかしてこれも理由?

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 6

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 7

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 8

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 9

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中