最新記事

映画

ジェームズ・ボンドを脅かす悪玉が最高

『007 スカイフォール』で金髪のテロリストを怪演するハビエル・バルデムのセクシーでまじめな素顔

2012年12月14日(金)16時03分
ケビン・ファロン

妖しい対面 ボンド(左、クレイグ)とシルバ(バルデム)が初めて対面するシーンは物議を醸している Skyfall © 2012 Danjaq, LLC, United Artists Corporation, Columbia Pictures Industries, Inc. All rights reserved.

 映画『007 スカイフォール』で、悪玉のラウル・シルバが姿を現すのはスタートから1時間以上もたってから。だがハビエル・バルデム(43)演じる頭のイカれたサイバーテロリストは、ジェームズ・ボンド(ダニエル・クレイグ)と同じくらい強烈な印象を残す。

 007シリーズの映画化50周年を記念する、通算23作目『スカイフォール』は過去へのオマージュであると同時に、これまでになくボンドの素顔に踏み込んでいる。サム・メンデス監督はシリーズを新しい方向に導いたと言っていい。

 ボンドは華麗なアクションを披露するだけでなく、人生に迷い、任務に疑いを抱く。場末の酒場で飲んだくれ、スパイ稼業は終わりだと決めてかかる。そんなボンドがMI6(英国情報部国外部門)に戻ろうと決意するのは、シルバがMI6と上司のM(ジュディ・デンチ)に復讐を仕掛けたからだ。

 007シリーズの悪役というと、大げさな極悪ぶりがコミカルに見えることも多かったが、バルデムはもっと抑えた、薄気味の悪い悪役を好演している。中途半端な長さの金髪と、ぎょろりとした目にうすら笑いを浮かべた姿は、異常な妄想の持ち主であることを印象付ける。

「パワフルな脚本に衝撃を受けた」と、バルデムは語る。「これは面白いことになるかもしれないと思った」
シルバが登場する場面は長いセリフで始まる。カーテンの向こうから姿を現すと、椅子に縛られたボンドのところまでゆっくりと歩きながら、芝居がかった様子でネズミの話やサイバー戦争の話をする。

 バルデムは脚本を読んだとき、おいしい登場シーンだと思ったのだろうか。「そうでもなかった」と、彼は笑いながら言う。このシーンが長回しで撮影されることも、撮影当日まで知らなかったという。

「完成した作品を見て『ひどい!』と思ったよ。本当はかなり長く歩いたのに、何だかずっと短く見えた」
だが観客は完璧なシーンだと思うに違いない。その強烈なインパクトは、バルデムのキャリアを知る人間にはちっとも驚きではない。

 バルデムはキューバ人作家レイナルド・アレナスの半生を演じた映画『夜になるまえに』(00年)と、末期癌に侵された父親を演じた『BIUTIFUL ビューティフル』(10年)で、アカデミー賞主演男優賞にノミネートされた。そして、冷酷な殺し屋アントン・シガーを演じた『ノーカントリー』(07年)で、同助演男優賞を受賞した実力の持ち主だ。

 妻は同じスペイン人で、ハリウッドにも進出している人気女優ペネロペ・クルス。2人の間には子供もいるが、バルデムは家族についてメディアにめったに話さないことで有名だ。

セクシーな色男役も得意

 トップクラスの人気と実力があるにもかかわらず、バルデムは独立系のスペイン語映画にこだわり、いわゆるハリウッド大作で主役級の役を引き受けたことはない。ではなぜ今回、誰もが知るアクション大作への出演を決めたのか。

 メンデスの存在が大きかったと、バルデムは言う。ジュディ・デンチとレイフ・ファインズ、アルバート・フィニー、そしてもちろんダニエル・クレイグら共演者も魅力だったという。だが『スカイフォール』への出演を一番後押ししたのは、バルデム自身かもしれない。

「007を初めて見たのは12歳のときだった。父と『ムーンレイカー』を見たんだ」と、バルデムは言う。「あれ以来、新作を心待ちにしたものだ。そんなシリーズに自分が参加できるなんて大変な栄誉だし、50周年記念の作品に出演できるのは特に意義深いと思っている」

 バルデムは女性をとりこにする色男役も演じてきた。『それでも恋するバルセロナ』(08年)や、『食べて、祈って、恋をして』(10年)では、主人公(とそれ以外の女性たち)を魅了するモテ男を演じた。

 ただし、バルデムを最も有名にしたのは『ノーカントリー』で演じた殺し屋シガー役だ。無感情な目と青白い肌、そのくせ妙にふっくらした唇は、無慈悲な殺し屋としての威嚇効果抜群で、「動くな」と言い聞かせるようなセリフには観客まで凍り付かせる迫力があった。シガーは映画史上最高の悪役の1人と言っていいだろう。

『ノーカントリー』で笑いを誘うところがあったとすれば、シガーの奇妙なおかっぱ頭が挙げられるが、『スカイフォール』のシルバの髪形も相当ひどい(服装という点でもシルバのほうがひどいかもしれない)。とはいえ、それが薄気味悪さを一段と高めている。

 バルデムは当初、シルバは「シガーと似た感じ」になると思っていたが、メンデスと話し合ううちに、シガーとまったく異なるキャラクターになると確信したという。実際には、シガーだけでなく、過去のボンド映画の悪役たちとも大きく異なるものになった。

 ボンドが美女たちと繰り広げるお熱いシーンは、カーチェイスやマティーニと同じくらい007シリーズに欠かせないお約束だ。だが悪役がボンド並みにセクシーに描かれるのは、『スカイフォール』が初めてではないだろうか。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:中国の再利用型無人宇宙船、軍事転用に警戒

ワールド

アングル:トランプ氏なら強制送還急拡大か、AI技術

ビジネス

アングル:ノンアル市場で「金メダル」、コロナビール

ビジネス

為替に関する既存のコミットメントを再確認=G20で
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ暗殺未遂
特集:トランプ暗殺未遂
2024年7月30日号(7/23発売)

前アメリカ大統領をかすめた銃弾が11月の大統領選挙と次の世界秩序に与えた衝撃

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理由【勉強法】
  • 2
    BTS・BLACKPINK不在でK-POPは冬の時代へ? アルバム販売が失速、株価半落の大手事務所も
  • 3
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子どもの楽しい遊びアイデア5選
  • 4
    キャサリン妃の「目が泳ぐ」...ジル・バイデン大統領…
  • 5
    地球上の点で発生したCO2が、束になり成長して気象に…
  • 6
    カマラ・ハリスがトランプにとって手ごわい敵である5…
  • 7
    トランプ再選で円高は進むか?
  • 8
    拡散中のハリス副大統領「ぎこちないスピーチ映像」…
  • 9
    中国の「オーバーツーリズム」は桁違い...「万里の長…
  • 10
    「轟く爆音」と立ち上る黒煙...ロシア大規模製油所に…
  • 1
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラニアにキス「避けられる」瞬間 直前には手を取り合う姿も
  • 2
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを入れてしまった母親の後悔 「息子は毎晩お風呂で...」
  • 3
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」、今も生きている可能性
  • 4
    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…
  • 5
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理…
  • 6
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子…
  • 7
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 8
    「失った戦車は3000台超」ロシアの戦車枯渇、旧ソ連…
  • 9
    「宇宙で最もひどい場所」はここ
  • 10
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った…
  • 1
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 2
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った猛烈な「森林火災」の炎...逃げ惑う兵士たちの映像
  • 3
    ウクライナ水上ドローン、ロシア国内の「黒海艦隊」基地に突撃...猛烈な「迎撃」受ける緊迫「海戦」映像
  • 4
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 5
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラ…
  • 6
    韓国が「佐渡の金山」の世界遺産登録に騒がない訳
  • 7
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを…
  • 8
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」…
  • 9
    メーガン妃が「王妃」として描かれる...波紋を呼ぶ「…
  • 10
    「どちらが王妃?」...カミラ王妃の妹が「そっくり過…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中