最新記事

映画

ダメ人間の成長を描く『ファミリー・ツリー』

G・クルーニーが悩める父親を演じた話題作には、人物描写にも感情表現にもアレクサンダー・ペイン監督らしさが感じられない

2012年5月11日(金)16時49分
デーナ・スティーブンズ(脚本家)

家族の真実 マット(左)は娘2人とともに、人生を変える旅に出る &co@y;2011 Twentieth Century Fox

 多くの人から絶賛された『サイドウェイ』から7年。アレクサンダー・ペイン監督の新作『ファミリー・ツリー』には期待していたが、とにかくがっかりさせられた(5月18日に日本公開)。ペインの作品はどれも鋭い皮肉と、根底にある人間愛のバランスが素晴らしい。でもコメディーを装ったこのメロドラマの中心にあるのは酸っぱいレモンではなく、ふにゃふにゃのマシュマロだ。

 『市民ルース』の妊娠中絶を考える薬物依存症の女性(ローラ・ダーン)にしろ、『サイドウェイ』のワインを愛する作家志望の教師(ポール・ジアマッティ)にしろ、ペイン作品の主人公は救いがたいダメ人間。それでも観客は、彼らのことが気になって仕方がない。『ファミリー・ツリー』の主人公は、これまでで最も好感のもてる人物だ。でも私はどうしても、彼に心引かれない。

 映画の冒頭、主人公のマット・キング(ジョージ・クルーニー)の「楽園なんてクソくらえ」というナレーションが流れる。ハワイのオアフ島に住み、弁護士として成功し、先祖から受け継いだ広大な土地をカウアイ島に所有する彼には何の悩みもないはずだ、と考える友人たちをマットはうらめしく思っている。

 そう、マットもややこしい問題と闘っているのだ。先祖代々守ってきた原野を開発業者に売却するかどうか決めなければならないし、妻エリザベス(パトリシア・ヘイスティ)はスピードボートの事故で昏睡状態に陥っている。彼女が再び目覚めるかどうかは分からない。

4人組の旅立ちにわくわく

 妻の入院中、父親としてうまく振る舞おうと四苦八苦するマットを、10歳のスコッティ(アマラ・ミラー)と、全寮制の高校から一時帰宅した17歳のアレックス(シャイリーン・ウッドリーが最高の演技をみせる)は冷たい目でみる。育児は妻に任せきりだったマットはこれまで、娘たちとほとんど没交渉だった。

 ところが反抗的だったアレックスが、ふとした瞬間に父に心を許し、こう告白する。私はママが許せない、だって浮気していたんだよ――。やがて浮気相手は地元の不動産業者ブライン・スピアー(マシュー・リラード)で、エリザベスはマットと離婚するつもりだったことも判明する。マットは激怒する一方、スピアーに妻の現状を伝えることを決意。娘2人とアレックスのボーイフレンドを連れて、カウアイ島に滞在するスピアーを訪ねる。

 こうした設定は、ペインが得意とするところ。ヒーローにはほど遠い変人が自分を変えようと、ばかげた冒険の旅をするロードムービーだ。この不似合いな4人組が旅に出たらどうなるのだろう、と私はとてもわくわくした。なのにカウアイ島に着くと、前半のコミカルな雰囲気はたちまちしぼんでしまう。ペインは何もせず、マットたちが海岸線を歩き回り、けんかしながら結び付きを強めていくのをただ眺めて満足しているようだ。

『ファミリー・ツリー』は愛や喪失、悲しみをめぐるつらい真実を突き付ける。一方で、感情表現がどこか不安定に感じられる。真面目くさった不条理か、心揺さぶるメロドラマの2つのパターンしかなく、しかもそれらを切り替えるたびにギシギシという音が聞こえるようだ。ジョークは面白いし、ほろりとさせる場面もある。でもいつものペインの調子とは違う。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

マスク氏、テスラとxAIの合併否定 投資を巡り株主

ワールド

米最高裁、教育省解体・職員解雇阻止の下級審命令取り

ワールド

トランプ氏、ウクライナに兵器供与 50日以内の和平

ビジネス

米国株式市場=小反発、ナスダック最高値 決算シーズ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機」に襲撃されたキーウ、大爆発の瞬間を捉えた「衝撃映像」
  • 2
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中にまさかの居眠り...その姿がばっちり撮られた大物セレブとは?
  • 3
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別「年収ランキング」を発表
  • 4
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    【クイズ】次のうち、生物学的に「本当に存在する」…
  • 7
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 10
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 5
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 9
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 10
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中