最新記事

映画

世紀のペテン師を描く極上サスペンス

富豪ハワード・ヒューズの自伝でっち上げ事件を題材にした『ザ・ホークス』は、スリルとブラックユーモア満載の一級品

2011年4月21日(木)17時25分
デービッド・アンセン(映画ジャーナリスト)

はまり役 観客はリチャード・ギア扮する作家アービングを応援してヒヤヒヤしどおし(4月30日公開) Program Content and Photos © 2006 Hoax Distribution, LLC. All Rights Reserved.

 1971年、実在の作家クリフォード・アービングによる壮大な詐欺事件が全米を騒がせた。詐欺のネタは、当時のアメリカを代表する億万長者で、世間に背を向けて隠遁生活を送っていた変人ハワード・ヒューズ。アービングはヒューズの独占インタビューに成功して自伝の執筆を頼まれたと出版社にもちかけ、巨額の出版前払い金を手に入れたのだ。

 実際には、アービングも詐欺仲間のディック・サスカインドもヒューズに会ったことなどなかった。だがアービングの説得力にあふれるホラには、筆跡鑑定の専門家やヒューズを実際に知る人々まで完璧に騙されたほど。しかも、ラッセ・ハルストレム監督の秀作『ザ・ホークス ハワード・ヒューズを売った男』によれば、その嘘はニクソンの大統領就任やウォーターゲート事件にまで影響を及ぼしたようだ。

 ウィリアム・ウィーラーによる巧妙な脚本は、複数の詐欺容疑で服役したアービングが出所後に出版した大胆な回顧録に基づいている。アービングの回顧録を忠実に映画化しただけでも極上のサスペンスになっただろうが、ハルストレムとウィーラーは信用度ゼロの詐欺男が明かした「事実」に頼るだけでは満足できなかった。

 彼らはヒューズとニクソン政権の関係を調べるとともに、事実にいくつかの脚色を加えて、挑発的でブラックユーモアに満ちた物語を作り上げた。スクリーンでのアービングは、自らでっち上げた虚構のストーリーよりもずっと壮大で複雑な陰謀に翻弄されていく。

 映画は、70年代初期の不安定な空気を見事に捕らえている。ベトナム戦争への反戦活動と反体制ムードの盛り上がりがアービングの大胆不敵な犯行を後押しし、権力を騙しているだけだと自己を正当化させた。その一方で、この作品が描く世界は「真実っぽいもの」を真実として押し通す昨今のメディアや政治の風潮に通じるものもある。

 早口で薬物中毒で魅惑的なアービングに扮したのは、鼻に特殊メークを施したリチャード・ギア。この役はギアのはまり役だ。

墓穴を掘ってはさらなる嘘で切り抜ける

 ギア演じるアービングは、自分が演じる役どころ(つまりヒューズ)に同化しすぎて、自分の嘘を信じそうになる才能豊かな俳優のよう。アービングはヒューズの自伝を書くためにヒューズになりきる必要があったが、アービングが偏執狂的な妄想にのめりこんでいくにつれて、映画自体も表現主義へとシフトする。

 アービングが騙す相手は、大手出版社マグローヒル・カンパニーズの編集者や経営陣だけではない。神経質な友人サスカインド(アルフレッド・モリナが愉快に演じている)や、自分の妻でアーティストのエディス(マーシャ・ゲイ・ハーデン)といった詐欺仲間も、アービングの嘘の被害者だ。妻エディスは、夫と女優ニナ・バン・パラント(ジュリー・デルピー)の不倫に深く傷つくが、アービングは妻に嘘をついて関係をもち続ける。

 それでも、ギアの説得力あふれる演技のおかげもあって、観客はアービングを応援したくなる。アービングに騙された人々に嘘を信じたい理由があったことも、その理由の一つだろう。ヒューズの自伝は、すべての関係者にとって「カネのなる木」になるからだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米証券決済「T+1」が始動、一時的なフェイル増加な

ワールド

スペインなど3カ国、パレスチナ国家を正式承認 EU

ワールド

イスラエル、ラファ中心部に戦車到達 難民キャンプ砲

ビジネス

ヘス株主がシェブロンの買収案承認、ガイアナ油田権益
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
2024年6月 4日号(5/28発売)

強硬派・ライシ大統領の突然の死はイスラム神権政治と中東の戦争をこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    中国海軍「ドローン専用空母」が革命的すぎる...ゲームチェンジャーに?

  • 2

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像をウクライナが公開...シャベルで応戦するも避けきれず

  • 3

    メキシコに巨大な「緑の渦」が出現、その正体は?

  • 4

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 5

    汎用AIが特化型モデルを不要に=サム・アルトマン氏…

  • 6

    プーチンの天然ガス戦略が裏目で売り先が枯渇! 欧…

  • 7

    「なぜ彼と結婚したか分かるでしょ?」...メーガン妃…

  • 8

    なぜ「クアッド」はグダグダになってしまったのか?

  • 9

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 10

    コンテナ船の衝突と橋の崩落から2カ月、米ボルティモ…

  • 1

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発」で吹き飛ばされる...ウクライナが動画を公開

  • 2

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像をウクライナが公開...シャベルで応戦するも避けきれず

  • 3

    「なぜ彼と結婚したか分かるでしょ?」...メーガン妃がのろけた「結婚の決め手」とは

  • 4

    ウクライナ悲願のF16がロシアの最新鋭機Su57と対決す…

  • 5

    黒海沿岸、ロシアの大規模製油所から「火柱と黒煙」.…

  • 6

    戦うウクライナという盾がなくなれば第三次大戦は目…

  • 7

    能登群発地震、発生トリガーは大雪? 米MITが解析結…

  • 8

    「天国にいちばん近い島」の暗黒史──なぜニューカレ…

  • 9

    中国海軍「ドローン専用空母」が革命的すぎる...ゲー…

  • 10

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された─…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 6

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 7

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 8

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 9

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中