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マイケル・ムーア次の標的はウォール街

お騒がせ映画監督の新作は「金融システム崩壊」がテーマ。金融界のリッチな経営陣の責任に迫るが、金持ちを非難するだけでは金融危機の本質はあぶり出せない

2009年6月18日(木)18時43分
ジェームズ・スカーロック(映画監督)

ポピュリズムの巨匠 マイケル・ムーア監督が今度は金融危機を引き起こした「金持ちの悪党ども」に牙をむく Mario Anzuoni-Reuters

 ドキュメンタリー映画界の風雲児マイケル・ムーアが次回作に選んだのは、これまで以上に大きなテーマ──国際金融システムの崩壊だ。10月には、約90分の作品を見るために世界中の人が映画館に押し寄せることになるだろう。

 新作のタイトルはまだ決まっていないが、ムーアは5月に行われたカンヌ国際映画祭で内容を一部明らかにした。

「金持ち連中はある時点で、まだ富が足りないと考えた」と、ムーアは説明した。「もっと多くの、けた違いに多くのカネがほしい、と。そこで彼らはアメリカ国民が必死に稼いだカネを巻き上げるシステムをつくり上げた。なぜ、そんなことをしたかって? それをこの映画で見つけたいんだ」

 悪役をビデオカメラの前に誘い出すのが得意なムーアが、金融界の悪者と対決するというのだから、喜ばしいニュースのはずだ。私が3年前、クレジットカード業界の腐敗を追ったドキュメンタリー映画『マクスト・アウト』を撮ったときには、悪事の張本人たちを撮影しようと何度も試みたが失敗。結局、借金回収ビジネスで働く2人の若いチンピラしか撮影できなかった。

 だが、機能不全に陥った金融業界にムーアがメスを入れると知ったとき、私は映画だけでなくムーア個人に対しても不安を感じた。

 映画の切り口について詳しいことはわからないが、ムーアの説明を聞くかぎり、彼が長年あざ笑ってきたタイプの人間、つまり単純で説教好きで世界の保安官を気取るいじめっ子に、ムーア自身もなってしまう可能性が高い。

 カンヌでの発言が作品の本質を表しているのだとすれば、ムーアのターゲットは「金持ち連中」だ。現行システムの黒幕といえるシティグループ元会長のサンフォード・ワイル、巨額の投資詐欺で逮捕された富豪のロバート・アレン・スタンフォード、ねずみ講詐欺を働いたナスダック元会長のバーナード・マドフ。しっかりした監視の目がないのをいいことに、昔からあるだましの手法を持ち込んだだけの連中だ。

エンロン事件の当事者は「普通」の人々

 しかし、非常識な金融システムやその後の企業救済の元凶として「金持ち連中」を非難することは、危機に目を背け、本当に重要なポイントを見逃すことになる。金融危機の数年前に勃発したエンロン事件を思い出すといい。

 2005年のドキュメンタリー映画『エンロン 巨大企業はいかに崩壊したのか?』で示されたように、不正会計の当事者たちは有能な経営者でもなければ、カネ儲けに取り付かれた富豪でもなかった。

 彼らは傲慢で身勝手で権力欲の強い中流階級の人間だった。彼らを助長させたのは、ウォール街と投資家、そして何より、彼らを野放しにした政府の失策だ。

 エンロン事件とその後の金融危機を最も端的に言い表している言葉は、エンロンの崩壊を克明に解説したカート・アイケンワルトの著書のタイトル「愚か者の陰謀」だろう。

 この本の題名が「金持ちの陰謀」や「強欲者の陰謀」でないのには、十分な理由がある。エンロンの経営陣は希望的観測の波に乗っただけだったからだ。それに拍車をかけたのが、実効性のない規制や不十分な法律、腐敗した格付け企業、二枚舌の銀行家、そして巨大な年金基金から中西部在住の高齢者まで、株価が上昇しているかぎりいくらでもカネを出した無数の投資家たちだった。

 もしエンロンの経営陣が生粋の極悪人だったなら、幹部の訴追や投獄によって事態は改善したはずだ。だが実際には、エンロンを世界的企業に押し上げていた波はさらにスピードを増し、津波となってウォール街を破壊した。

アメリカ人のポピュリズムに訴えかける

 ムーアは金持ちの悪人たちについてこう問いかける。「連中は何でこんなことをするんだろう?」。見ている側としては、さらなる恐ろしい真実を知りたいという思いをかき立てられる問いだ(答えはたぶん『うまくいったから』というどうしようもない理由だろうが)。

 確かに、マドフやスタンフォードといった面々が囚人服で行列する様子を思い浮かべるのは楽しいだろう。「詐欺」と呼ぶべきものを合法的なものに変えてしまうという、システムの問題点に気づきながら見えないふりをした連中を責めたてるのも面白そうだ。

 だが「愚か者の陰謀」の最新事例(つまりサブプライム危機)が起きたのは、多くの中流階級のアメリカ人が、ムーアがこてんぱんにやっつけようとしている金持ちの仲間入りをしたと勘違いしたおかげだった。最後に残ったのは「裏切られた」という意識――ムーアお得意のポピュリズムだ。

 ムーアの新作のもう1つの大きな標的が政府による金融安定化策なのもそのためだ。映画のCMを見てもそれは分かる

 理由は間違っていたかもしれないが、アメリカ人の多くは金融機関の救済に否定的だった。私自身は土台から腐ったシステムを救済し、再出発を促すことの意味は何だろうと不思議に思った。高給取りの経営者たちが救済されることを腹立たしく思った人もいる。

 だが高給取りの経営者は、稼いだカネをずっと前に持ち逃げしている。安定化策の実際の効果というのはたぶん、大金持ちの投資家を救済することではなく、数兆ドルに上る預金や年金、退職金の積み立てを(一時的にでも)守ることにあったのではないか。

ブッシュとともにムーアの時代も終わる?

 同業者の多くとは異なり、ブッシュ政権時代のムーアは絶好調だった。この間に発表した3本のドキュメンタリー映画(『ボウリング・フォー・コロンバイン』、『華氏911』、『シッコ』)はどれも従来の作品をはるかに超える成功を収めた。たまたまリベラル派になった太ったミシガン男ムーアは、自称カウボーイでフィットネスおたくの御曹司ジョージ・W・ブッシュのいい引き立て役だった。

 ムーアの映画は刺激的で、ときに見る者を元気づけ、あまり洗練されているとはいえないが心からの笑いや涙を誘う作品ばかりだ。ただし、彼の作品が実社会を動かした例はない。

 高校での銃乱射事件をテーマにした『ボウリング......』から7年経っても、アメリカでは銃規制の厳格化は進んでいない。『華氏911』が公開された04年、ブッシュは300万票以上を獲得して再選された。バラク・オバマ大統領が推し進める医療保険改革は『シッコ』のなかで理想とされた社会主義的な国民皆保険のモデルとはまったく異なる。残念なことだ。

 ムーアはこの新作を、単なる娯楽作品でもなければ問題の原因のなかで最も資本主義的なもの(つまり競争)に対するポピュリスト的な「抗議集会」にも留まらない映画に仕上げるべきだ。

 配給会社は当初、この映画はオリバー・ストーン監督が欲深い乗っ取り屋ゴードン・ゲッコーを厳しい視線で描いた『ウォール街』(87年)の続編のようなものだと説明していた。これだけ時間が経っても、われわれはフィクションと事実の区別もつけられないでいるらしい。

 だがひょっとすると、ムーアは新作でわれわれを啓蒙してくれるつもりかもしれない。製作側には、崩壊したシステムについて綿密かつ幅広い分析をしたうえでの作品作りを期待したい。

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