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唯一無二の文章を書くために注意する1つのポイント...「としたもんだ表現」のバイアス【新聞記者の文章術】

2024年9月11日(水)12時05分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

思考を放棄すると「としたもんだ表現」が増殖する

「年末の東京・表参道。」と、時日、場所があって、句点で区切る。強調する。この派生形として、意味の大きい日付で句点を打つ手法もある。

〈2011年3月11日。激しい揺れに襲われたのは放課後、野球部の練習に向かおうとしていた時だった。〉

こんな表現は、放っておけばほとんど津波のように新聞、雑誌、ネットの記事に押し寄せる。「行われた」「開催された」も、としたもんだ表現の亜種だ。

〈消費の拡大につなげようと「○○町おむすび選手権」が△日、開催された。〉
〈○○高原スキー場で△日、シーズン中の無事を祈る安全祈願祭が行われた。〉
〈番組は、二手に分かれ、路線バスとローカル鉄道の乗り継ぎ対決の旅を行う。〉

「としたもんだ表現」は言葉に対する怠慢

旅は行うものなのか? 単に、「○○があった」「○○が開かれた」「○○する」で、なぜいけないのか。

新聞記事とはそうしたもんだという、先入見があるからだ。記事にする意義がある、たいそうなイベントが行われた、開催されたのだと、筆者が主張したい。「いやじっさいにはたいしたイベントではないのだが、休日でネタがなく、紙面も薄いし、仕方がないから出稿しているのだけれども......」という、いいわけのような意識も、この言葉を選ばせている。

いわば表現のインフレ現象で、これは新聞記事だけではない。テレビニュースにも、広告や、官僚の書く公文書、企業のプレスリリースにと、放っておくと世界にいくらでも増殖する。

こうした「としたもんだ表現」こそ、文章を読みにくくする大ブレーキなのだと、ライターは知るべきだ。

「としたもんだ表現」が世界を住みにくくさせる

もっと言えば、「としたもんだ表現」が、世界を住みにくくさせているのだ。女らしさはこうしたものだ。男とはかくあるべきだ。日本人とはこうした民族だ。愛国心とはこういうものだ。人間とは、人間らしさとは、○○としたものだ......。

人が発するすべての「としたもんだ表現」には、じつはさしたる根拠がない。すべて、ある特定の時代、特定の地域にしか通用しない、文化による規定だ。幻影であり、思いこみなのだ。

文章を書くのはなんのためか。ひとつだけここで言えるのは、いやしくもプロのライターなら、狭量と不寛容と底意地の悪さにあふれた、争いばかりのこの世界を、ほんの少しでも住みやすくするため、生きやすくするため、肺臓に多量の空気が入ってくるために、書いているのではないのか? 

そうでなければいったいなんのため、机にしがみつき、呻吟(しんぎん)し、腰を悪くし、肩こりに悩まされつつ、辛気くさく文字を連ね、並び替え、書いては消し、消しては書いてを繰り返すのか。

世界に氾濫する「としたもんだ表現」の洪水に、抗うために書く。「としたもんだ世界」に、すきまを見つける。ひび割れを起こさせる、世間にすきま風を吹かせる。

常套句は親のかたきでござります。ほんとうの意味は、そこにある。

◇ ◇ ◇

『三行で撃つ』POP


近藤康太郎(こんどう・こうたろう)

作家/評論家/百姓/猟師。1963年、東京・渋谷生まれ。1987年、朝日新聞社入社。川崎支局、学芸部、AERA編集部、ニューヨーク支局を経て、九州へ。新聞紙面では、コラム「多事奏論」、地方での米作りや狩猟体験を通じて資本主義や現代社会までを考察する連載「アロハで猟師してみました」を担当する。

著書に『ワーク・イズ・ライフ 宇宙一チャラい仕事論』『三行で撃つ〈善く、生きる〉ための文章塾』『百冊で耕す〈自由に、なる〉ための読書術』(CCCメディアハウス)、『アロハで田植え、はじめました』、『アロハで猟師、はじめました』(河出書房新社)、『朝日新聞記者が書けなかったアメリカの大汚点』、『朝日新聞記者が書いたアメリカ人「アホ・マヌケ」論』、『アメリカが知らないアメリカ 世界帝国を動かす深奥部の力』(講談社)、『リアルロック 日本語ROCK小事典』(三一書房)、『成長のない社会で、わたしたちはいかに生きていくべきなのか』(水野和夫氏との共著、徳間書店)他がある。


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