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未来をつくるSDGs

海での養殖はコスト大、淡水養殖(陸上養殖)のほうが持続可能な漁業だ

Farming Fish in Fresh Water Is More Affordable and Sustainable Than in the Ocean

2022年2月24日(木)16時40分
ベン・ベルトン(米ミシガン州立大学准教授)、デイブ・リトル(英スターリング大学教授)、張文博(チャン・ウエンポー、上海海洋大学講師)
浮沈式養殖いけす「オーシャンファーム」

浮沈式養殖いけす「オーシャンファーム」は直径110メートルもある FEATURE CHINA-BARCROFT MEDIA/GETTY IMAGES

<先端技術を活用した大規模養殖「海洋牧場」は、実はリスクもコストも高い。SDGsの達成、水産物需要の拡大を考えれば、小規模な淡水養殖をもっと普及させる必要がある>

養殖に対する関心のうねりが起きている。「ブルーアクセラレーション(青い加速)」と呼ばれる海洋資源開発ラッシュの一環だ。

楽観的な予測では、先端技術を活用した大規模養殖「海洋牧場」によって、海産物の生産量を2050年までに2100万~4400万トン増やすことが可能だという。これは現在の生産量から36~74%の増加に相当する。

また、ミシガン湖(琵琶湖の約86倍)ほどの大きさの海洋養殖施設で、全世界の天然水産物の漁獲量に匹敵する量の魚介類を生産できるという試算もある。

だが私たちの研究は、こうした主張が海洋牧場の可能性を誇張したものだと示している。持続可能な方法で海洋牧場を増やすことには、多くの困難が伴うはずだ。

それよりも淡水魚の養殖のほうが、飢餓対策や食料安全保障の強化に適している。SDGsを達成するために、政府や科学者、資金提供者は陸上養殖に注力すべきというのが、水産食料の供給体系を研究してきた私たちの見解だ。

海洋牧場の推進派は、天然魚は供給が限られており、養殖が不可欠だと主張する。

推進派に言わせれば、陸上養殖には土地や淡水資源という制約があるが、海は広大で養殖に適している。このような立場から見ると、海洋牧場は環境にほとんど影響することなく、将来の水産物需要をも満たす無限の可能性を秘めている、とされる。

しかし私たちの研究は異なる姿を描き出している。淡水の陸上養殖は海洋養殖と比べて、技術・経済・資源的な制約がはるかに少ない。世界の食料安全保障に貢献する可能性ははるかに大きいと、私たちは考えている。

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淡水養殖はアフリカでも広がりつつある(カメルーンのディバンバ川にある養殖施設) JOSIANE KOUAGHEU-REUTERS

近年の養殖ブームの中心地はアジア

実際、この30年で淡水養殖の産業は着実に成長してきた。ブームの中心地となっているのはアジアで、世界の養殖生産量の89%を占めている(海藻や水草類を除く)。

淡水養殖における最も重要な種群であるコイ、ティラピア、ナマズは、草食または雑食の魚が多い。動物性タンパク質を与えなくても育つ。

成長を速めるために少量の魚を与えることはあるが、主な餌は米や落花生、大豆といった作物の収穫時に発生する安価な副産物と、自然のプランクトンだけでいい。

地上の小さな池で淡水魚を育てるのは、比較的容易でコストも安い。養殖はとりわけアジアで経済的な利益をもたらしており、無数の小規模養殖施設──その事業者と労働者──が収入を得ている。

養殖淡水魚は低・中所得層、さらには高所得層にとっても手頃な必需食品となった。

確かにサーモンの餌の量は減少したが

一方、海水魚の養殖は全くの別物だ。海洋環境は過酷で、生産にはリスクが伴う。海水魚の生態も、飼育が難しくコストがかかる一因となっている。

海洋養殖種のほとんどは肉食で、餌の一部として他の魚が必要だ。年間漁獲量のうち約2000万トンが養殖魚の餌にされている。それらには人間が食べられる魚も含まれるため、環境面・倫理面で論争を巻き起こしている。

確かに養殖技術は向上しており、特にサーモンでは餌として使われる魚の量が減少した。

20年前に比べると、サーモンの養殖に必要な鮮魚の量は半分になった。1970年代にノルウェーが始めた大規模投資により、このイノベーションは実現した。遺伝的改良や栄養、生産手法に重点を置いた研究が行われ、成果を上げている。養殖サーモンは今や、海洋養殖魚の45%を占める。

しかし、ハタやスズキのようなサーモンほどには人気のない魚が、同程度に徹底して研究され、効率のよい養殖魚となることはまずないだろう。市場が小さすぎるためだ。

陸上の例として、ニワトリを思い浮かべてほしい。ニワトリはサーモンと同様、昔から集中的な研究開発の対象となってきた。その結果、今では卵からかえってわずか45日間で市場に出荷できる大きさに成長する。

一方で、ニッチ市場向けに飼育されているホロホロチョウは、ニワトリに似ているが品種改良はあまり行われず、成長が遅く、肉量も少ない。そのためニワトリより飼育コストがかかり、販売価格も高い。

外洋で商業的に成功するのは高級魚だけ

海水魚の養殖は現在、保護された湾や入り江で行われている。

陸から遠く離れた外洋に巨大な水中ケージを固定し、そこで魚を飼育するという新たな手法も注目を集めているが、運用コストが高く、リスクがある。インフラは高価で、激しい嵐にさらされやすい。

外洋での養殖を成功させるには、クロマグロのような高級魚を選ぶ必要がある。150万匹のサーモンを飼育できるノルウェー企業サルマールの浮沈式養殖いけす「オーシャンファーム」のように、大規模な運用も欠かせない。

外洋での養殖は、技術的には可能であっても、経済的な実現性については疑問が残る。ノルウェー、中国、アメリカで行われている試験プロジェクトは、いまだに商業的には成功していない。巨額の生産コストがかかるため、成功したとしても、世界的な需要がある一部の高級魚にとどまる可能性が高い。

人口が最も急増しているのはアフリカで、所得増加が最も著しいのはアジアだ。将来の水産物需要はほとんど、これらの地域の低・中所得層によってもたらされる。淡水魚のティラピアやナマズの養殖は既に、エジプトと東西アフリカで拡大している。

一方、高所得国では2000年以降、水産物の総消費量は横ばいだ。しかしこれらの国でも実は、手頃なタンパク源として養殖淡水魚の需要は高まっている。アメリカでは、ティラピア、バサ(主にベトナムから輸入されるナマズの一種)、アメリカナマズが水産物消費量のそれぞれ4位、6位、8位を占める。

外洋の海洋牧場に関しては、少数の大手投資家が高級魚で利益を上げる日が来るかもしれない。だが淡水養殖は、はるかに多くの人に食料を供給し、多くの小規模養殖施設に利益をもたらすだろう。

品種改良や病気の予防・治療、施設管理に対する官民連携の投資が、より持続可能な養殖産業をつくり上げる。魚の飼育に必要な土地や淡水、餌の量などを減らし、生産性を向上させることは可能だ。

サステナブルな開発のため、政府や資金提供者は陸上養殖を優先すべきだ──私たちはそう確信している。

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The Conversation

Ben Belton, Associate Professor of International Development, Michigan State University; Dave Little, Professor of Aquatic Resources Development, University of Stirling, and Wenbo Zhang, Lecturer in Fisheries and Life Science, Shanghai Ocean University

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

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