最新記事

金融

中国に不可欠な香港ドル固定相場制度、米国と対立で存亡の危機

2020年7月16日(木)10時53分

中国が香港国家安全維持法(国安法)を施行し、米国が香港への優遇措置廃止の動きを始めたことで、投資家は動揺している。36年間続いてきた香港ドルと米ドルのペッグ制の安定を巡る懸念も高まり、香港の当局者らが幾度も懸念の鎮静化に努める事態になった。写真は香港ドル。2017年5月撮影(2020年 ロイター/Thomas White)

中国が香港国家安全維持法(国安法)を施行し、米国が香港への優遇措置廃止の動きを始めたことで、投資家は動揺している。36年間続いてきた香港ドルと米ドルの固定相場制度=ペッグ制の安定を巡る懸念も高まり、香港の当局者らが幾度も懸念の鎮静化に努める事態になった。ドルペッグ制はなぜ中国にとって不可欠なのか。その仕組みと理由をまとめた。

香港ドルペッグ制の仕組み

香港ドルは米ドルに対する変動幅を1米ドル=7.75-7.85香港ドルの狭い範囲に設定。香港金融管理局(中央銀行、HKMA)が香港ドルを売買し、値動きをこの範囲内に収める。HKMAが香港ドルを買えば需給が引き締まり、香港ドルをショートにするコストが上昇する。HKMAが香港ドルを売れば逆になる。

ロイターの試算によると、HKMAは今年に入ってからこれまでに総額1060億香港ドル(136億8000万米ドル、1兆4500億円)相当の香港ドル売りを実施した。

ペッグ制を維持するため、香港の公定金利は米国の政策金利を上回るように設定される。香港ドルがレンジ内ながら変動するのは、香港と米国の市場金利の差による。香港の銀行間取引金利は米国の銀行間取引金利よりも高くなっているため、国安法に関連した資金流出の懸念にもかかわらず、香港ドルは堅調を維持している。

米中間の緊張がエスカレートすれば米国が香港の銀行による米ドルへのアクセスを制限する可能性があるとの懸念もある。そうなればペッグ制が揺らぐ恐れがある。

ブルームバーグは前週、トランプ米大統領の政策顧問がこうした選択肢を検討したが、政権内で支持は広がっていないもようだと報じた。

アナリストによると、トランプ政権が世界最大級の米ドル取引拠点である香港のペッグ制を損なえば、米ドルの世界の基軸通貨としての覇権にも打撃が及ぶのは必至。一部のアナリストは「究極の選択」だと評する。

BNYメロンの欧州・中東・アフリカ諸国シニア市場ストラテジスト、ジェフ・ユー氏は「米ドルにとって、途方もない特権はリスクと無縁ではない」と指摘。ペッグ制を巡る最近の言葉の応酬は結局のところ、「単なる言葉にすぎない可能性が高い」と述べた。

香港の外貨準備も4000億米ドル超と、市場流通分の6倍もある。香港の金融当局高官は最近、HKMAが中国人民銀行(中央銀行)に米ドルの融通を求めることもできると話した。

ペッグ制の重要性

香港は1997年に中国に返還されて以降、中国本土に比べた経済的な重要性は薄れたが、金融面での存在意義は増している。ペッグ制が本物の脅威に見舞われれば、脅威がいかなるものであっても、そうした存在意義は低下する恐れがある。

中国政府が本土で厳しい資本統制を続けているため、香港が果たす役割は、主要な資金調達の経路から世界最大級の株式市場、中国本土の株式や債券に流入する国際投資の最大の入り口まで幅広くある。

中国本土の富裕層も香港に信頼を置いている。1兆米ドル超と推定される香港の個人資産の半分以上は、本土の個人資産とされる。

[ロイター]


トムソンロイター・ジャパン

Copyright (C) 2020トムソンロイター・ジャパン(株)記事の無断転用を禁じます


【関連記事】
・中国・長江流域、豪雨で氾濫警報 三峡ダムは警戒水位3.5m超える
・巨大クルーズ船の密室で横行するレイプ
・【南シナ海】ポンペオの中国領有権「違法」発言は米中衝突の狼煙か
・インドネシア、地元TV局スタッフが殴打・刺殺され遺体放置 謎だらけの事件にメディア騒然


20200721issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年7月21日号(7月14日発売)は「台湾の力量」特集。コロナ対策で世界を驚かせ、中国の圧力に孤軍奮闘。外交・ITで存在感を増す台湾の実力と展望は? PLUS デジタル担当大臣オードリー・タンの真価。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

インドのデリー空港で航空便に遅延、管制システム障害

ワールド

中国の大豆輸入、10月は記録的高水準 米中摩擦で南

ワールド

独AfD議員2人がロシア訪問へ、親密関係否定し対話

ビジネス

インド自動車販売、10月は前年比40%増で過去最高
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 4
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 5
    「これは困るよ...」結婚式当日にフォトグラファーの…
  • 6
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 7
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 8
    NY市長に「社会主義」候補当選、マムダニ・ショック…
  • 9
    「なんだコイツ!」網戸の工事中に「まさかの巨大生…
  • 10
    【銘柄】元・東芝のキオクシアHD...生成AIで急上昇し…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 9
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 10
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中