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コロナ不況に勝つ 最新ミクロ経済学

アベノマスクと2008年金融危機、ゲーム理論で比べて見えたもの

GAME THEORY

2020年5月27日(水)16時50分
松井彰彦(東京大学大学院経済学研究科教授)

プレーヤーの指し手を読まなければ、社会というゲームの調和もない MARCHMEENA29/ISTOCK

<人々の行動原理を理解しなければ、為政者の施策は社会を混乱に陥れる。コロナ禍でのマスク問題と同様の状況は、リーマン・ショックの際にも生じていた。本誌「コロナ不況に勝つ 最新ミクロ経済学」特集より>

コロナ禍の人間社会への影響と、その渦中の人々の行動を考察することは、ウイルスの医学的な考察と同様に重要なことである。特に社会をゲームと見立て、プレーヤーの動きとその社会全体への帰結を分析するゲーム理論は、市場理論と並びミクロ経済学の柱である。その重要性を端的に表した経済学の祖、アダム・スミスによる一文を引用しておこう。


人間社会という巨大なチェス盤では、各々のコマがそれ自身の行動原理に従う。それは為政者が押し付けようとするものとは異なる。もし両者が合致するならゲームは調和的に進むが、うまく合致しないとゲームは悲惨なものとなり、社会には無秩序状態が訪れるだろう。──『道徳感情論』(1759年、筆者抄訳)

人々の行動原理を理解しなければ、為政者の施策は社会を混乱に陥れる。例えば、大きな公園を閉鎖すれば人々は小さい公園に殺到する。これをもって人々の危機意識の希薄さを嘆くのは為政者としては正しくない。人々がそのように行動することを理解した上で、何が望ましいかを考えなくてはならないのだ。
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マスクの供給不足も優れてミクロ経済学的な問題である。供給不足には需要の増加と、一部の人がマスクの買いだめに走ったという側面がある。前者は市場理論の話だが、後者はゲーム理論を用いて分析できる。

皆がマスクはなくならないと思っていると、急いでマスクを買いには行かず、マスクは店頭に残る。一方、買いだめが起きると、店頭からマスクがなくなると思い、皆マスクを買いに走る。この社会ゲームには、マスクが店頭に残る均衡と店頭から消える均衡の2つがある。

マスク施策と預金保険

これと同様の状況は金融危機のときにも生じる。銀行の経営が傾いたとしよう。このとき、皆が銀行が危ないと思って預金を引き出そうとすると、それが原因で銀行が債務不履行を起こしてしまう。いわゆる取り付け騒ぎが発生するのである。

2008年のリーマン・ショックは、アメリカのGDPが4年間で約27%下落した大恐慌とそれに続く第2次大戦をもたらしたともいわれる1929年の金融危機に比肩するとされた。しかし、2008年の金融危機時には米GDPは大きくは縮小せず、経済は成長軌道に戻っていった。

なぜか。危機回避に一役買ったのが預金保険だ。大恐慌の引き金になったのは、商業銀行に対する取り付けだった。銀行にはお金がない。預金の多くは貸し出しに回されているからだ。だから、皆が心配になって預金を引き出そうとすれば、お金が足りなくなった銀行は債務不履行となる。

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