最新記事

出版

もう出版社なんかいらない?

出版社に持ち込んで紙の本にしてもらうよりオンラインで自費出版のほうが売れる可能性は高い

2010年9月24日(金)13時01分
イシア・ヤシエビッチ

 ボイド・モリソンが最初の小説を書いたのは、産業工学の博士課程を終える直前のこと。5つの出版エージェントに原稿を持ち込んだが、すべて断られた。

 12年後、モリソンは再び挑戦し、ようやくエージェントに拾われた。3年近い年月をかけ、3本の小説を書き上げた末に認められたのだ。それでも、彼の小説『箱舟』は25の出版社からことごとく断られてしまった。

 開き直ったモリソンは、09年3月に『箱舟』を含む未発表の3作をアマゾンの電子書籍専門オンラインストア「キンドル・ストア」にアップロードした。

 するとどうだ。3カ月もたたないうちに月4000冊のペースで売れるようになった。そしてこの数字が、彼の小説の出版を断った出版社の注目を集めた。

 『箱舟』は今年5月に大手のサイモン&シュスター社からハードカバーで発行され、キンドルの自費出版本が大手出版社から出た初めての例となった。エージェントから、自分の作品がついに紙の本になると聞かされたときが「人生で最も素晴らしい瞬間の1つだった」と、モリソンは言う。

コーヒー1杯の値段で

 高級ファッション誌ヴォーグの編集長が婦人服の安売りチェーン店を見下すのと同じように、書評家や書店などは最近まで、自費出版の作家たちを見下してきた。しかし今では、新人作家も有名作家も一様に自らの手で出版を行うケースが増えつつあり、従来の出版社や出版関係者も、その傾向を無視できなくなっている。

 書誌情報サービス会社のバウカーが発表した最新の報告によると、アメリカの「非伝統的な形態の書籍」市場で09年に発行された新著は75万点以上。08年比で181%も増加している。アマゾンの場合、キンドル・ストアの売り上げは今やハードカバー書籍の売り上げを上回る。しかもキンドル・ストアのベストセラー上位100冊のうち、5冊は自費出版ものだ。

 オンデマンド出版サービス会社ルル・ドットコムのボブ・ヤングCEO(最高経営責任者)は、書籍のオンライン出版・流通は昔からある書籍産業が形態を変えたものではなく、まったく新しい産業だと指摘する。

 ヤングは、ルル・ドットコムをオークションサイトのeベイになぞらえる。eベイが誕生したとき、多くの人々は伝統的なオークション事業への脅威になるだろうと受け止めた。

 「eベイの誕生から10年、落札件数は600億に上るが」とヤングは言う。「それでもクリスティーズやサザビーズは安泰だ。eベイを使う人は多いけれど、そこにピカソの作品が出ることはないからだ。同じことで、ルル・ドットコムで売りまくっているのもジョン・グリシャムのような有名作家ではない」

 実際、グリシャムはまだ同サイトを利用していないようだ。しかし、著名な作家のジョン・エドガー・ワイドマンは利用している。ワイドマンは今年の春、最新の短編集を同サイト上で発表した。

 従来のペーパーバック版の出版契約では、著者が手にする印税はわずか8〜9%だ。しかし大部分の自費出版契約の場合、著者には販売利益の70〜80%が入る。残りは流通業者の取り分だ。「初めて公平な市場が登場した」と、ミステリー作家のJ・A・コンラスは言う。「市場はそもそも読者が管理すべきだった。それがようやく実現した」

 コンラスは今後発表する小説をすべてキンドルで自費出版する予定だ。彼は09年4月に電子書籍の自費出版を始めたが、中間業者を省くことで、2・99ドルの電子書籍1冊で25ドルのハードカバー1冊と同等な利益を得られることに気付いた。「電子書籍の稼ぎで、住宅ローンも生活費も支払えるようになった。今年の売り上げは10万㌦を超えるだろう。大部分はニューヨークの出版社に断られた本の売り上げだ」

 自分の本がよく売れるのは、掲示板に載るユーザーによる評価やレビュー、それに電子書籍の単価が安いおかげだと、コンラスは考えている。「3ドルといえば、コーヒー1杯の値段だ」と、コンラスは言う。「同じ値段でデジタル本を1冊買えば、8時間も楽しめるんだからね」

[2010年8月25日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米12月求人件数、38.6万件減の654.2万件 

ワールド

米ロ・ウクライナ三者協議、交渉継続で合意 捕虜交換

ワールド

トランプ氏、高市首相を全面支持 3月19日にホワイ

ビジネス

ECBが金利据え置き、ドル安を静観 インフレ見通し
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプの帝国
特集:トランプの帝国
2026年2月10日号(2/ 3発売)

南北アメリカの完全支配を狙うトランプの戦略は中国を利し、世界の経済勢力図を完全に塗り替える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    グラフが示す「米国人のトランプ離れ」の実態...最新世論調査が示すトランプ政権への評価とは
  • 2
    米戦闘機、空母エイブラハム・リンカーンに接近したイラン製ドローンを撃墜
  • 3
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 4
    致死率は最大75%のニパウイルスが、世界規模で感染…
  • 5
    「右足全体が食われた」...突如ビーチに現れたサメが…
  • 6
    「反トランプの顔ぶれ」にMAGAが怒り心頭...グリーン…
  • 7
    ユキヒョウと自撮りの女性、顔をかまれ激しく襲われ…
  • 8
    エプスタインが政権中枢の情報をプーチンに流してい…
  • 9
    関税を振り回すトランプのオウンゴール...インドとEU…
  • 10
    習近平の軍幹部めった斬りがもたらすこと
  • 1
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 2
    日本への威圧を強める中国...「レアアース依存」から脱却する道筋
  • 3
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「副産物」で建設業界のあの問題を解決
  • 4
    致死率は最大75%のニパウイルスが、世界規模で感染…
  • 5
    ロシア軍の前線で「弾よけ」にされるアフリカ人...兵…
  • 6
    「出禁」も覚悟? ディズニーランドで緊急停止した乗…
  • 7
    グラフが示す「米国人のトランプ離れ」の実態...最新…
  • 8
    高市首相の発言は正しかった...「対中圧力」と「揺れ…
  • 9
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 10
    米戦闘機、空母エイブラハム・リンカーンに接近した…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 3
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 4
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 5
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 6
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 7
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 8
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 9
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 10
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中