最新記事

米社会

オバマ嫌いで活況に沸く銃業界

民主党の大統領に対する保守層の被害妄想を利用して金儲け

2009年10月29日(木)18時45分
ダニエル・グロス(ビジネス担当)

オバマ特需 銃規制強化を恐れる保守層が売り上げ増に貢献(写真は大統領選前の08年6月、テキサス州で自分のピストル用のホルスターを買いにきた16歳の少女) Jessica Rinaldi-Reuters

 ここ数ヶ月というもの、歴史家の故リチャード・ホーフスタッターが「アメリカ政治における被害妄想」症と呼んだ現象がメディアを賑わせている。

 有名司会者のグレン・ベックら超保守派の人々はこう主張する。民主党とその仲間たち――環境保護にうるさい共産主義者たち――は、アメリカ人から銃を取り上げ、私有財産を没収し、自由思想を抑圧し、要するにアメリカという国を破壊しようとしている。

 さすがに見識のある人の多くはそんな主張をまともに受け取りはしない。だがたとえ見識があろうとも、この現象を金儲けに利用しようとする人々がいるのも事実だ。

 ケーブルテレビ局のFOXニュース・チャンネル(ベックの番組も放映している)は、バラク・オバマ大統領の政策に反対する人々に的を絞った番組作りを行って視聴者をあおり、その結果金の取引を行なう企業からの広告が増えているという(オバマの政策のせいでドルが暴落した場合に備えて金投資しようという人もいるようだ)。

 ニューヨークの出版社ハーパーコリンズ(FOXと同じルパート・マードック率いるニューズ・コーポレーション傘下の企業)は、来月発売予定のサラ・ペイリン前アラスカ州知事の回顧録をものすごい部数で刷ったらしい。

 ウォールストリート・ジャーナル紙の敏腕記者ピーター・ラットマンが指摘した例はもっと面白い。銃器メーカーであるフリーダム・グループがIPO(新規株式公開)を計画しているというのだ。

 フリーダムは筋金入りの共和党員であるスティーブン・ファインバーグが設立した投資ファンド、サーベラス・キャピタル・マネジメントの傘下にある企業だ。サーベラスはクライスラーや自動車金融大手GMACの株を、いちばん高いときに買って大株主になったことでも知られる。

 だがクライスラーが経営破たんして、サーベラスは保有株を手放すことを余儀なくされた。ゼネラル・モータース(GM)の関連会社として自動車ローンなどを手がけてきたGMACも公的資金の投入を受けることになり、サーベラスは出資比率を引き下げざるをえなかった。

 サーベラス自身はブッシュ、オバマ両政権から何の救済措置も受けていない。だがオバマ大統領の当選はファインバーグに、金融危機後の損失を取り戻すチャンスを与えてくれたようだ。

買いたい人は前年比4割増

 数年前、サーベラスは銃や弾薬のメーカーを買収・統合する手段としてフリーダムを設立した。今ではレミントンなどのブランドを保有する。

 景気のいいときも悪いときも、銃や弾薬はよく売れる。警察に軍、狩猟愛好家に反政府武装勢力など、世界にはさまざまな顧客がおり、需要は安定している。

 景気のいいときは、狩猟やスポーツで銃を使う人々が新しいライフルを買ったり、もっといいものに買い換えたりする。一方で景気が悪いときには――とくにリベラル派の大統領が当選したりすれば――不安心理から駆け込み需要が起きる。

 現在アメリカでは銃の購入に先立って犯歴などの身元調査が必要となっている。FBI(米連邦捜査局)が発表した調査要請の件数(販売された銃の数とは一致しないので注意)を見てみよう。

 景気後退に突入した後の2008年11月の件数は、何と前年同月比で41.6%増。08年12月はやはり前年同月比で27%増だった。今年1~9月の合計件数も前年の同じ時期を2割ほど上回っている。

 1年前の大統領選の日、オバマファンはシカゴのグラント公園に集まって勝利を祝った。その陰でオバマ嫌いの一部は、ウォルマートに行って新しいライフルを買っていたわけだ。

 フリーダムはこの「トレンド」から甘い汁を吸える立場にいる。

 IPOを前に米証券取引委員会(SEC)に27日、提出された目論見書によれば、同社は「銃器、弾薬、その他関連製品における世界のリーディングカンパニーであり、世界最大の銃・弾薬市場であるアメリカで、すべての主要製品分野で販売シェア1位を維持している」。6月末までの単年度で「110万丁の長銃と20億発の弾薬」を売り上げたという。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米EV税控除、一部重要鉱物要件の導入2年延期

ワールド

S&P、トルコの格付け「B+」に引き上げ 政策の連

ビジネス

ドットチャート改善必要、市場との対話に不十分=シカ

ビジネス

NY連銀総裁、2%物価目標「極めて重要」 サマーズ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 3

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を受け、炎上・爆発するロシア軍T-90M戦車...映像を公開

  • 4

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 5

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 6

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 7

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 10

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 6

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 7

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中