最新記事

ヨーロッパ経済

「東欧発の世界金融危機」は大げさだ

信用バブルに踊った小国ラトビアは通貨危機に直面しているが、堅実に経済の基礎体力を鍛えてきたポーランドやチェコの未来は明るい

2009年6月29日(月)18時45分
ルチル・シャルマ(モルガン・スタンレー・インベスト・マネジメント新興市場責任者)

小国の不安 ラトビアが為替レートの切り下げに追い込まれれば、国内経済は壊滅的な打撃を被る(6月24日、首都リガ) Ints Kalnins-Reuters

 昨今、金融界の人間が「東欧」という言葉を聞いて思い浮かべるのは、金融システムの崩壊に、不安定な為替相場、資本の逃避......といったイメージだ。東欧を世界経済の最大のアキレス腱と見なし、東欧発の金融危機のドミノ倒しが全世界に広がる恐れがあると考える専門家もいる。

 東欧経済に吹き荒れる嵐の猛威を真っ向から受けているのがラトビアだ。バルト3国の1つであるラトビアは、見境のない個人消費と不動産投資を原動力に猛烈なペースで経済成長を遂げてきたツケをいま払わされている。

 国外からの資本の流入が激減した結果、ラトビアは自国通貨の対ユーロ固定相場制を放棄し、為替レートの切り下げに踏み切る羽目になるかもしれない。そうなれば、主に外貨建てで巨額の債務を抱えているラトビアの一般世帯と金融機関は大きな打撃を受ける。

 影響はラトビアの国内だけにとどまらない。もしラトビアが固定相場制の放棄に追い込まれれば、近隣のエストニアやリトアニア、ブルガリアも追随せざるを得なくなりかねない。

世界経済への影響は限定的

 しかし、たとえこのシナリオが現実になるとしても、新たな世界金融危機の引き金うんぬんという議論は大げさ過ぎる。これらの国の経済の規模はせいぜい250億〜500億ドル程度。世界経済への影響は限られている。

 それに何より、東欧の中でも経済規模のもっと大きな国は、信用バブルとその崩壊の影響をそれほど受けていない。5000億ドルを超す規模の経済を持つ東欧最大の経済大国ポーランドは、金融システムに問題を抱えていないし、投機マネーに頼って消費を過熱させてもこなかった。ポーランドは近年、西欧流の改革を推し進め、そのおかげで製造業とサービス業に莫大な金額の直接投資が流入している。

 東欧第2の経済大国であるチェコ(経済規模2200億ドル)も同様だ。信用バブルに乗って身の丈以上の急成長を実現するようなことはしていない。チェコ経済の融資総額の対GDP(国内総生産)比は50%(ほかの国に比べて低い水準だ)。03〜07年の好況の時期にも、融資総額の伸びは危険ラインである年率20〜25%よりかなり低い水準に収まっていた。

 ポーランドとチェコには教育レベルと技能の高い労働力という強みがあり、それが経済の生産性を押し上げている。質の高い労働力と国外からの大規模な直接投資というセットは、歴史的に見て、ある国が長期にわたり経済成長を続けるための一番重要な要因だ。それに、この2つの国は為替レートの変動相場制を以前から採用しており、通貨の為替レートは自国の経済力を反映した水準まで既に下がっている。

 世界の信用収縮が解消し始めれば、ポーランドとチェコの経済は再び成長への道を歩み始めるだろう。やがては、西欧の豊かな国々の仲間入りを果たすに違いない。

ただしEU拡大にはブレーキ

 一方、バルト3国やバルカン地域の小国は、97〜98年のアジア通貨危機で壊滅的な打撃を受けたアジアの新興経済諸国に近い運命をたどりそうだ。「アジアのトラ」と呼ばれていたこれらの国々もやはり、莫大な借り入れを経済の原動力にしていた。

 過度に膨張していた国内の金融産業が縮小し、おまけに痛手を受けた外国の投資家が投資に及び腰になるに伴い、バルト3国などは経済成長の青写真を描き直さなくてはならない。「金余り」状態頼みの成長戦略はもはや通用しない。

 こうした事態は経済だけでなく政治にも影響を及ぼす。西欧の大国はおそらく、経済の脆弱な東欧の隣人たちをこれ以上ユーロ圏に迎え入れることに慎重になるだろう。そうなれば、東欧諸国のEU(欧州連合)加盟が近年とんとん拍子に進み、東欧の新規加盟国の所得水準が目覚しく向上してきた流れが大きく変わる。

 東欧の小さな国々の未来にとっては確かに重大な問題だ。しかし世界全体を揺るがす大事件とはとうてい言えない。問題の国々の経済が世界経済全体に占める割合は極めて小さい。「東欧発の新・世界金融危機」という不安をあおる主張は、実態とかけ離れている。騒ぎ過ぎとしか言いようがない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米韓が貿易協定に合意、相互・車関税15% 対米投資

ワールド

タイ財務省、今年の経済成長率予想を2.2%に小幅上

ビジネス

中国製造業PMI、7月は49.3に低下 4カ月連続

ワールド

米、カンボジア・タイと貿易協定締結 ラトニック商務
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ関税15%の衝撃
特集:トランプ関税15%の衝撃
2025年8月 5日号(7/29発売)

例外的に低い日本への税率は同盟国への配慮か、ディールの罠か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目にした「驚きの光景」にSNSでは爆笑と共感の嵐
  • 3
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから送られてきた「悪夢の光景」に女性戦慄 「這いずり回る姿に衝撃...」
  • 4
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 5
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 6
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 7
    一帯に轟く爆発音...空を横切り、ロシア重要施設に突…
  • 8
    M8.8の巨大地震、カムチャツカ沖で発生...1952年以来…
  • 9
    街中に濁流がなだれ込む...30人以上の死者を出した中…
  • 10
    「自衛しなさすぎ...」iPhone利用者は「詐欺に引っか…
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの習慣で脳が目覚める「セロ活」生活のすすめ
  • 3
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜つくられる
  • 4
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
  • 5
    航空機パイロットはなぜ乗員乗客を道連れに「無理心…
  • 6
    中国が強行する「人類史上最大」ダム建設...生態系や…
  • 7
    「様子がおかしい...」ホテルの窓から見える「不安す…
  • 8
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 9
    タイ・カンボジア国境で続く衝突、両国の「軍事力の…
  • 10
    中国企業が米水源地そばの土地を取得...飲料水と国家…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 4
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 5
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 6
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 7
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 10
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中