最新記事

アメリカ経済

オバマ金融改革が5年前だったら

米政府の打ち出した金融規制改革案が仮に5年前に実現していても、今回の金融危機は防げなかっただろう

2009年6月22日(月)18時09分
ロバート・サミュエルソン(本誌コラムニスト)

重責 6月17日にホワイトハウスで金融規制改革案を発表したオバマ大統領(後姿)と握手を交わすバーナンキFRB議長 Kevin Lamarque-Reuters

 オバマ政権は6月17日、満を持して包括的な金融規制改革案を発表した。しかし、バラク・オバマ大統領やティモシー・ガイトナー財務長官が説明していないことが1つある。この改革が4年前なり5年前なりに実施されていたら、現在の金融・経済危機は防げていたのか、という点だ。

 エール大学経営大学院のゲーリー・ゴートン教授は、その点に懐疑的だ。サブプライムローン(信用度の低い個人向け住宅融資)関連の証券を「市場で取引していた人間以外は、(07年夏に危機が表面化するまで)問題に気づかなかった」と、ゴートンは言う。「新しい法律を作ったところで、人間に予知能力を授けられるとは思えない」

 もっともな指摘だ。07年前半の時点で、サブプライムローンの焦げ付きや住宅建設の低迷、住宅相場の下落はすでに始まっていた。しかしFRB(連邦準備理事会)のベン・バーナンキ議長は、住宅市場に問題は限定されているとの見解を披露。不況に突入する心配はおそらくないと述べた。

 バーナンキだけではない。エコノミストや政府当局者、金融業界関係者の中で、金融崩壊が差し迫っているという警告らしい警告を発した人はほとんどいなかった。

バブルの心理には勝てない

 理屈の上では、オバマの提案が事前に導入されていれば危機を防げた可能性もある。改革案の1つは、住宅ローン債権などを証券化した金融商品の発行者に、その証券を一定割合(おそらく発行額の5%程度)保有することを義務付けるというもの。このルールが金融危機前にあれば、投資銀行はリスクの高いサブプライムローン債権の証券化にもっと慎重だったはずだ。

 改革案には、金融システム全体の混乱を避けるために政府が金融機関に融資を行えるようにすることも盛り込まれている。08年9月にこの制度があれば、政府はリーマン・ブラザーズに支援の手を差し伸べていたかもしれない。この大手投資銀行の破綻が世界の金融システムに激震を走らせたことは知ってのとおりだ。

 だが03~06年に実際に起きたことを考えれば、こうしたメカニズムが機能したかどうかは疑問だ。当時のアメリカでは、超低金利時代が長く続き、住宅ローン滞納率は低く、マイホームの所有率は上昇していた。要するに、金融機関、一般国民、政治家のみんながハッピーだった。お祭りに水を差す勇気は、誰にもなかっただろう。

 オバマの改革案が無意味だというのではない。金融機関に対するFRBと証券取引委員会(SEC)の監督権限の拡大、金融機関の自己資本基準の引き上げ、クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)などのデリバティブ(金融派生商品)への規制強化は、一定の効果を持つはずだ。

 金融システムからリスクを完全に排除することはできない。「必要なのは、無知と失敗に対するシステムの安全性を高めること」だと、ある米政府関係者は言う。「無知と失敗は決してなくならないのだから」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

石破首相「双方の利益になるよう最大限努力」、G7で

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 9
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 10
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中