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強権アラブ、独裁者の保身術

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2011.05.17

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強権アラブ、独裁者の保身術

独裁を維持する「恐怖のメカニズム」が示すアラブ民主化の前途多難

2011年5月17日(火)20時01分
ジョン・バリー(ワシントン)、クリストファー・ディッキー(中東総局長)

 独裁政権の崩壊には、一種の儀式が付き物だ。旧体制が構えた拷問部屋の扉が開けられ、電気ケーブルや血痕といった罪の証しが白日の下にさらされる。最悪の独裁者の場合、写真という明白な証拠も残す。サダム・フセイン政権時代のイラクでは、拷問の経過を詳細に記録し、被害者の死の模様さえも撮影した。

 こうして独裁者の血なまぐさい部屋の秘密が明らかになるなか、感情の浄化というプロセスが始まる。責任は誰にあったのか──人々はそれを理解し、しかるべき者の罪が問われる。

 独裁政権が倒れたチュニジアでもエジプトでも、拷問部屋の扉はまだ閉じたままだ。独裁者は去ったが、その側近はとどまり、今や政治の実権を握っている。軍や秘密警察、スパイや密告者の存在も消えていない。

 予想もしなかった民衆の抗議を前に、側近たちは自らの首をつなげておくため、これまで仕えてきた独裁者を追放することを選択した。彼らは自由の実現を約束しているが、このままでは「空手形」に終わりかねない。

 にもかかわらず、米政権はひたすら中東の民主化の芽生えをたたえている。だがそこには、巨大な問題が横たわる。アラブ全域で独裁政権を秘密裏に、あるいは公然と黙認してきたアメリカの長い歴史だ(その点では、イギリスやフランス、イタリアやロシアや中国も同罪だが)。

 アラブ各国で民主化を要求する反政府運動が高まるなか、何より重要なのは「恐怖のメカニズム」を理解することだ。フセイン体制のイラクから亡命した米ブランダイス大学のカナン・マキヤ教授が著書で指摘するこのメカニズムによって、アラブ地域の国王や大統領や宗教指導者は長年権力を維持してきた。その多くは今後も、当分の間は権力の座にあり続けるだろう。

 アラブ地域では、ほぼすべての国が一族支配の下にある。彼らの究極の目標は権力を握り続けること。極端なまでの宗派主義を貫くレバノンを除けば、この地域で支配者が自ら権力の座を退いた事例は1つもない。

 50〜60年代には、クーデターが政権交代の常套手段だった。49年3月から80年12月までにアラブ地域では、計55回のクーデターが発生。そのおよそ半数が政権転覆に成功した。

 その後、権力を手にした新たな独裁者は自身が成功に導いた陰謀から教訓を学び、国民を外の世界からだけでなく、互いからも孤立させた。フセインは反体制的な文書が出回る事態を警戒し、タイプライターやコピー機の私有すら禁じた。

 だが体制存続の真髄は、いかにクーデターを防ぐかにある。米シンクタンクのランド研究所の上級アナリスト、ジェームズ・クインリバンは99年に発表した研究で、独裁体制を守る策を列挙している。第1に、体制の中核を「親族や民族・宗教を同じくする忠臣」で固める。

 第2に、体制護持に尽くす軍事組織を新たにつくる。いい例がイランの革命防衛隊だ。79年のイラン革命後、王制時代から存続する正規軍の影響力をそぐため創設されたこの組織は、最高指導者の命令を絶対とする。

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