最新記事

見えない汚染が生む「死の連鎖」

BP原油流出

史上最悪の環境・産業災害を招いた
深海油田探査の野望と教訓

2010.07.16

ニューストピックス

見えない汚染が生む「死の連鎖」

メキシコ湾の深海が大量の油で汚されるとき、前例がないほどの環境破壊が引き起こされるかもしれない

2010年7月16日(金)12時03分
シャロン・ベグリー(サイエンス担当)

 米ルイジアナ州沖のメキシコ湾で石油掘削基地「ディープウオーター・ホライズン」が爆発事故のために水没したのは4月22日のことだった。5月中旬、付近を独自に調査していた科学者のチームが、海底油田からのプルーム(流出物)が海中に広がっているのを発見した。それは油田から漂い出たメドゥーサの髪のようだった。

 しかし事故が起きた油田の権益を持つ英石油大手BPは、聞く耳持たぬという態度を示した。同社のトニー・ヘイワードCEO(最高経営責任者)は5月下旬、「(海中に原油の)プルームなど存在しない」と言い切った。

 米政府当局者らは科学者の主張について「誤解を招く恐れがあり、不正確な点もある」と語った。

 米海洋大気局(NOAA)も声明を発表。プルームによる酸素濃度の低下は「今のところ懸念材料ではない」とし、流出原油の処理に用いる化学処理剤が海中のプルームの原因だという見方には「何の根拠もない」と主張した。

 NOAAのジェーン・ルブチェンコ局長は海洋学の権威としてバラク・オバマ大統領から局長に指名された人物だ。その彼女もプルームの存在を否定し、いくつか「異常」が見受けられるだけだと主張している(ただし原油の一部が海中にとどまっている可能性は認めた)。

 だが今や、当局者より科学者たちの見解のほうが正しいということがはっきりしてきた。生態系にとって重要な酸素が海中の原油のせいで減少し、化学処理剤が状況を悪化させているらしいのだ。

 もはや今回の原油流出は、過去の流出事故とは深刻度のレベルが違うものになっている。BPの対策が成功して、流出原油の一部をうまく処理できたとしても、ディープウオーター・ホライズンの事故は歴史に残る惨事になるだろう。

 懸念すべきなのは事故の規模より事故が影響を及ぼす場所だ。流出原油の「毒牙」は、ダメージを受けやすい海岸線や湿地帯だけでなく、未知の領域である深海にまで及んでいる。メキシコ湾の脆弱な生態系のバランスや、湾内外の生命を維持する自然界のメカニズムが大打撃を受ける恐れがある。

「海面の原油についてはあまり心配していない」と、ルイジアナ州立大学のエド・オバートン名誉教授は言う。「かなり大規模で顕著なダメージが生じるのは確かだ。湿地の面積減少や海岸の損傷、漁場への打撃を引き起こし、多くの鳥やウミガメが死ぬだろう」

 だがオバートンに言わせれば、心配なのはこうした目に見えるダメージではなく目に見えない影響のほうだ。「深海のクラゲが全滅したらどんな事態が生じるか? 彼らが周りの環境に対してどんな役割を果たしているかは分かっていない。だが自然は何か理由があって彼らを深海に置いたのだ」

化学処理剤で油が変質

 海中の原油プルームの存在は、油は水に浮くという「常識」とは矛盾している。実際、浅い場所にある油井やタンカーから原油が流出した場合は海面に浮かぶ。

 しかし複数の研究結果によると、今回の事故のように水深約1500メートルにある油井から原油とメタンが激しい水圧と低温の下で噴出すれば、常識では考えられない事態が引き起こされかねないという。

「化学処理剤は原油の化学的・物理的性質を変えている」と、コロンビア大学ラモント・ドハティー地球観測所の生物海洋学者アジト・スブラマニアムは言う。「油の微小な粒子の層を生み、それが深層の海流によって運ばれる」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

カタール・エナジー、LNG施設にミサイル攻撃 火災

ビジネス

FRB議長、関税・イラン戦争による物価上昇を警戒 

ビジネス

スイス、26年の経済成長率見通しを1%に引き下げ

ワールド

イラン、カタールのエネ拠点攻撃 サウジも標的に ガ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:イラン革命防衛隊
特集:イラン革命防衛隊
2026年3月24日号(3/17発売)

イスラム神権国家を裏からコントロールする謎の軍隊の歴史と知られざる実力

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期スペイン女王は空軍で訓練中、問われる「軍を知る君主」
  • 2
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が発生し既に死者も、感染源は「ナイトクラブ」
  • 3
    第6回大会を終えて曲がり角に来たWBC
  • 4
    【衛星画像】イラン情勢緊迫、米強襲揚陸艦「トリポ…
  • 5
    モジタバの最高指導者就任は国民への「最大の侮辱」.…
  • 6
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する…
  • 7
    ガソリン価格はどこまで上がるのか? 専門家が語る…
  • 8
    韓国製ミサイル天弓-II、イラン戦争で96%迎撃の衝撃 …
  • 9
    観客が撮影...ティモシー・シャラメが「アカデミー賞…
  • 10
    原油高騰よりも米国経済・米株市場の行方を左右する…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期スペイン女王は空軍で訓練中、問われる「軍を知る君主」
  • 3
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が発生し既に死者も、感染源は「ナイトクラブ」
  • 4
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 5
    職業別の収入に大変動......タクシー運転手・自動車…
  • 6
    ズボンを穿き忘れてる! 米セレブ、下を穿かず「目の…
  • 7
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 8
    世界の視線は中東から日本へ...企業主導で築くインド…
  • 9
    第6回大会を終えて曲がり角に来たWBC
  • 10
    【衛星画像】イラン情勢緊迫、米強襲揚陸艦「トリポ…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 4
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 5
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 6
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 7
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 8
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 9
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
  • 10
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中