最新記事

iPadの垂直統合という賭け

アップルの興亡

経営難、追放と復活、iMacとiPad
「最もクールな企業」誕生の秘密

2010.05.31

ニューストピックス

iPadの垂直統合という賭け

時代遅れのビジネスモデルを復活させたジョブズの狙いは

2010年5月31日(月)12時02分
ダニエル・ライオンズ(テクノロジー担当)

 アップルのiPadは、市場に出回っている携帯端末のなかでは最新かもしれない。だが奇妙なことに、この機器はハイテク企業がかなり前に捨てたビジネスモデル──垂直統合への回帰を物語っている。

 アップルがiPad用にA4という独自のプロセッサを設計したのは大きな変化だ。これまではiMacとマックブック・プロはインテル、iPhoneはサムスンといった具合に他社のチップを使っていた。

 アップルはiPadのために自前のOS(基本ソフト)も作った。しかもiPadのアプリケーションはアップルからしか買えない。コンテンツも同様だ。映画、テレビ番組、本、音楽、何もかもアップルのオンラインストアから買わなければならない。iPad本体も販売はアップルストアのみ。上から下までアップルによって完全に支配されている閉ざされた仕組みだ。

病的な支配欲のCEO

 垂直統合は、70年代にはディジタル・イクイップメントなどのミニコンピューターメーカー、後にはサン・マイクロシステムズなどのワークステーションメーカーが典型的だったが、業界はかなり前に垂直統合はうまくいかないとの決断を下していた。アップルのiPad発表と同日、サンがオラクルによる買収完了を発表したのは皮肉な巡り合わせだ。サンのコストの高い垂直統合モデルは、同社が衰退した主要因だった。

 それなのになぜ、アップルは常識に逆らって垂直統合に踏み切ったのか。1つには、同社のスティーブ・ジョブズCEO(最高経営責任者)が病的なほど支配欲が強く、他社に頼るのを嫌うということがある。

 またジョブズはこの業界が長く、垂直統合した企業の長所を覚えている。A4が優れたプロセッサであるなら、iPadの垂直統合には、近く発売される他のタブレット型PCをしのぐ性能を発揮できるという利点がある。プロセッサとOSを互いに最適化されるように並行して設計すれば、パフォーマンスをかなり高めることができるからだ。

 アップルによれば、A4は1GHzで動作する。多くのパソコンで使われる3GHzのインテル・プロセッサと比べると遅いが、地図を拡大し、クリックしてストリートビューを見るといった作業では、iPadは実に速く感じられる。iPad発表の後のデモンストレーションで、ソフトウエアがプロセッサのために最適化されているので速いと説明があった。iPadが1回のバッテリー充電で10時間作動するのも同じように説明できる。

 アップルによるiPadの完全支配は既に一部の人を怯えさせている。iPad発表イベントの会場の外でピケを張ったフリーソフト擁護派は、iPadのような端末はアップルによって搾取される閉ざされた世界に人々を引き込む罠だと主張する。

実は天才的なひらめき

 しかし多くの人はスムーズに動く機器を手に入れられるのなら、多少の自由ぐらい喜んで手放すだろう。

 垂直統合に踏み切ったアップルの危険な賭けはどうなるか? 独自の世界を維持するコストは、他社からチップとソフトウエアを買うメーカーと比べて不利に働かないだろうか? 他社はアップルより価格を下げるのではないか?

 答えはおそらくイエスだ。だが私も含め多くの人は、あえて割高なアップル製品を買う。時代遅れに見える垂直統合というアップルの賭けは、実は天才的なひらめきではないか、と私はみている。

[2010年2月10日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国万科、償還延期拒否で18日に再び債権者会合 猶

ワールド

タイ、2月8日に総選挙 選管が発表

ワールド

フィリピン、中国に抗議へ 南シナ海で漁師負傷

ビジネス

ユーロ圏鉱工業生産、10月は前月比・前年比とも伸び
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 2
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 3
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 4
    極限の筋力をつくる2つの技術とは?...真の力は「前…
  • 5
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 6
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 7
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    大成功の東京デフリンピックが、日本人をこう変えた
  • 10
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 9
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中