最新記事

ウイグルと世界を欺く中国の悪知恵

ポスト胡錦濤の中国

建国60周年を迎えた13億国家
迫る「胡錦濤後」を読む

2009.09.29

ニューストピックス

ウイグルと世界を欺く中国の悪知恵

08年のチベット騒乱では情報遮断を批判されたが、今回のウイグル騒乱では巧妙なPR作戦を展開中

2009年9月29日(火)13時05分
メアリー・へノック(ウルムチ)

 中国の新疆ウイグル自治区で7月5日に起きた騒乱は、昨年3月のチベット騒乱後では同国最悪の民族衝突に発展した。

 正確さの疑わしい政府発表でも、10日までの死者は184人でチベット動乱の死者数(22人)を大きく上回っている。200台のバスや乗用車が燃やされ、200軒以上の店舗が焼け落ちた。当局は2万人以上の武装警察を区都ウルムチに投入し、胡錦濤(フー・チンタオ)国家主席はG8(主要8カ国)サミットへの出席を取りやめてイタリアから帰国した。

 何より注目すべきは、中国政府としてはおそらく初めて冷静沈着なPR活動を展開していることだ。共産党指導部は、チベット動乱が世界における中国のイメージを大きく傷つけたこと、そして今回の暴動も同じような影響をもたらし得ることを分かっていた。

 そこで取り締まりの開始と同時に政府側の状況説明を発表。暴動の起きた市中心部に外国人ジャーナリストを案内する「バスツアー」まで開催した。中国当局者が腕の立つ情報操作の専門家に突然変身したかのようだ。

外国メディアに現地ツアー

 昔は政府にとって不都合な事件が起きたら、情報を遮断すればよかった。だがインターネットと携帯電話が普及した現在では完全な遮断は不可能だ。それなら情報操作の方法を学ぶしかない。

 当局は今回、情報遮断と情報操作という2つの戦略を採用し、新旧メディアに対して駆使した。まず暴動が起きた5日にインターネットと携帯電話の接続を遮断。その一方で活字メディアやテレビに対して、当局側が選んだ写真や情報を提供した。

 チベット騒乱のときは住民が外界と連絡を取ることが一応可能だった(ただし恐怖のため多くを語らない人が多かった)。今回情報統制が厳しいのは、新疆がチベットよりも経済的に発展しており、政府の不安が大きいせいだと、カリフォルニア大学バークレー校ジャーナリズム大学院の蕭強(シアオ・チアン)教授は言う。「ウルムチではインターネットが広く普及している。情報を管理するには遮断するしかない」

 ただし新疆では、外国人ジャーナリストが暴動の起きた地域に立ち入ることができた。チベットでは当局が報道陣の行動を制限して世界中から批判的に報道された。その経験から学んだのだろう。

 最初の衝突が起きた翌日、政府の対外広報担当部門である国務院新聞弁公室は、ウルムチに「新疆新聞弁公室」を開設。さらに外国人ジャーナリストを暴動発生地域や病院に案内し、政府側が受けたダメージを強調した。

 外国人ジャーナリストには関連写真や映像の収められたCDも配られた。「(政府は)外国人ジャーナリストを禁止するのではなく、高度な広報資料を使って操作しようとしている」と蕭は語る。

 だが外国の報道陣がいると、チベットのときのようにカメラの前でわざと勇敢な行動に取る人も現れる。市場にいた約200人の女性が、拘束された親類男性らの釈放を求めて道にあふれ出した。政府はそんなシナリオにない出来事を報じられたくなかったはずだ。

 政府はチベットでの経験を生かし、最も重要な観衆すなわち国民に対する情報発信も操作した。暴動参加者は政治的に不満を抱く少数民族ではなく単なる暴徒だというイメージを、国営メディアを通してつくり上げるのだ。

 まず騒乱をあおったのは在外組織(今回の場合「世界ウイグル会議」)であり、事件は地元の2大民族(ウイグル族と漢族)の衝突だと強調する。治安部隊によって死者が出たことには触れない。
 病院を訪れたジャーナリストたちは、殴られて頭に重傷を負った漢族と、銃弾を受けたウイグル族の患者を見せられた。だが国営通信の新華社が報じたのは、ウイグル系の暴徒に漢族が殴られるシーンが多かった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ブラジル中銀が利上げ停止、長期据え置き示唆 米関税

ワールド

米韓が貿易協定に合意、相互・車関税15% 対米投資

ビジネス

鉱工業生産6月は1.7%上昇、航空機部品や半導体寄

ビジネス

小売業販売6月は前年比+2.0%、市場予想やや上回
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ関税15%の衝撃
特集:トランプ関税15%の衝撃
2025年8月 5日号(7/29発売)

例外的に低い日本への税率は同盟国への配慮か、ディールの罠か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目にした「驚きの光景」にSNSでは爆笑と共感の嵐
  • 3
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから送られてきた「悪夢の光景」に女性戦慄 「這いずり回る姿に衝撃...」
  • 4
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 5
    一帯に轟く爆発音...空を横切り、ロシア重要施設に突…
  • 6
    M8.8の巨大地震、カムチャツカ沖で発生...1952年以来…
  • 7
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 8
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 9
    「自衛しなさすぎ...」iPhone利用者は「詐欺に引っか…
  • 10
    街中に濁流がなだれ込む...30人以上の死者を出した中…
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの習慣で脳が目覚める「セロ活」生活のすすめ
  • 3
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜つくられる
  • 4
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
  • 5
    航空機パイロットはなぜ乗員乗客を道連れに「無理心…
  • 6
    中国が強行する「人類史上最大」ダム建設...生態系や…
  • 7
    「様子がおかしい...」ホテルの窓から見える「不安す…
  • 8
    タイ・カンボジア国境で続く衝突、両国の「軍事力の…
  • 9
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 10
    中国企業が米水源地そばの土地を取得...飲料水と国家…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 4
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 5
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 6
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 7
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 10
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中