コラム

中国ではSF大作の成功も共産党のお陰

2019年03月01日(金)18時50分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)

"Wandering" Chinese Movies / (c) 2019 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<「党国一体化」の中国において、全ての成功は党の指導の成功となる>

今年の旧正月は80後(80年代生まれ)映画監督・郭帆(グオ・ファン)にとって一生忘れられないだろう。彼が監督したSF映画『流浪地球(さまよう地球)』は、興行成績が40億元(660 億円)を突破。その人気ぶりから、56億元(924億円)で現在トップの愛国映画『戦狼2』を超え、中国史上最高になる可能性がある。

『流浪地球』は中国の代表的なSF作家・劉慈欣(リウ・ツーシン)の同名小説を改編した中国初の本格国産SF映画。主役の中国人宇宙飛行士が世界各国の人々と団結して、太陽の消滅に直面した人類の危機を乗り越えるという物語だ。

なるほど、中国人も地球を救う主役になれるのだ! アメリカのSF映画でアメリカ人が人類を救うシーンに慣れた中国人は、この映画に感動して民族の誇りに胸を高鳴らせた。映画の中では、共産党政府の代わりに地球連合政府ができたが、これも人類運命共同体という理念を持つ自由派の中国文化人から一定の好感を得た。今の中国は「愛国して愛党せず(只愛国,不愛党)」という価値観を持つ人が多く、『流浪地球』はこの価値観とよく合う。

その一方、同じ時期にベルリン国際映画祭長編コンペ部門にノミネートされた中国第5世代を代表する監督・張芸謀(チャン・イーモウ)の新作『一秒鐘』が、「技術的な理由」で映画祭から撤退させられた。文化大革命時代を舞台にしたためにタブーに触れたという推測もあったが、「中国人を醜く描く映画なんて、撤退させられて当たり前。中国の恥をさらすな!」と、中国の若者はこの映画に冷たかった。大国の勃興、民族の復興、そして欧米さえも中国の顔色をうかがうという「中国夢」に没頭する世代にとって文革の傷痕は既に遠い過去で、どうでもいいのだ。

「愛国して愛党せず」という考えは悪くないけど、現実には難しい。人民日報や新華社は『流浪地球』を「中国初のSF大作」「ハリウッド並み」と絶賛した。「党国一体化」の中国において、全ての成功は党の指導の成功なのだ。

文革は遠く去ったという考えも甘過ぎる。「天安門に毛沢東像がある限り、中国人は変わらない」と、ロック歌手・崔健(ツイ・チエン)はかつて喝破した。そのとおりだと思う。

【ポイント】
中国人救地球/能救救我的电影吗?

それぞれ「中国人は地球を救う」「僕の映画を救ってくれない?」

劉慈欣
68年生まれのSF作家。95年、異星人による地球侵略にまつわる壮大なドラマを描いたSF小説『三体』でヒューゴー賞を受賞した。今も発電所のエンジニアを続けながら執筆している。

※3月5日号(2月26日発売)は「徹底解剖 アマゾン・エフェクト」特集。アマゾン・エフェクト(アマゾン効果)とは、アマゾンが引き起こす市場の混乱と変革のこと。今も広がり続けるその脅威を撤退解剖する。ベゾス経営とは何か。次の「犠牲者」はどこか。この怪物企業の規制は現実的なのか。「サバイバー」企業はどんな戦略を取っているのか。最強企業を分析し、最強企業に学ぶ。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ヘッジファンド、銀行株売り 消費財に買い集まる=ゴ

ワールド

訂正-スペインで猛暑による死者1180人、昨年の1

ワールド

米金利1%以下に引き下げるべき、トランプ氏 ほぼ連

ワールド

トランプ氏、通商交渉に前向き姿勢 「 EU当局者が
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中にまさかの居眠り...その姿がばっちり撮られた大物セレブとは?
  • 2
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機」に襲撃されたキーウ、大爆発の瞬間を捉えた「衝撃映像」
  • 3
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別「年収ランキング」を発表
  • 4
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    【クイズ】次のうち、生物学的に「本当に存在する」…
  • 7
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 10
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 5
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 9
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 10
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story