コラム

同時多発テロ後のパリに持ち込まれた「自粛」の空気

2016年02月03日(水)16時20分

satetsu160203-03.jpg

パリでは厳戒態勢の警備が続いている(先月末、筆者撮影)

 シャルリー・エブド事件が起きた半年後、通信傍受や盗聴を国家権限で強化する情報収集強化法が制定され、11月のテロ後には国家非常事態法が改正され、令状なしでの家宅捜索が可能となる範囲が広がった。テロ直後にパリでCOP21(国際気候変動会議)が開かれたが、各国首脳が集うこの会議に合わせて行なわれた市民たちの抗議活動は、非常事態宣言を受けての報道規制により、報じられることはなかったという。同月の地方選では、反移民政策を掲げる右翼政党・国民戦線が29%の得票率を得て、半数近くの選挙区で1位に躍り出た。

 これらの断片的な情報から、さぞかし閉塞的な空気、少なくともテロについて言及することに慎重になっているのだろうと想像された。

 講演の内容としては『紋切型社会』の内容を主題としつつ、日本の政治家が限られた言葉で物事を推し進めようとする動きを強めており、それを受け止めるメディアも素直に横並びで伝える傾向にあることを話した。こういった紋切型の言葉を使うのは日本の政治家だけではなく、皆さんの国の政治家も同じかもしれないけれど......と付け加えると、会場から笑いが起きる。フランスについての話題を俎上に載せる度に視線がグッと厳しくなる。

 質疑応答の時間に移ると、ひょいっと手が挙がる。「日本では原発事故があって、こちらではテロがあった。日本の報道は自由を守れているだろうか」との問いだった。「自由が守られているとか、自由が奪われている、というよりも、忖度してこれはやめておこうと自粛している感覚がありますね」と答えると、通訳の男性がおそらく「忖度」と「自粛」のニュアンスをどう正確に伝えようか、思いあぐねている様子が伝わってくる。

【参考記事:「政治的中立性」という言葉にビビりすぎている】

 締めの挨拶で、館長が「今日、武田さんが話したことは現在のフランスにも言えることかもしれませんね」といった類いのことを添えると再び会場が沸く。終わった後、現地に長年住んでいる日本人の知人と話すと、「もっとオランドの悪口とか言えば良かったのに。そこらじゅうのカフェじゃ、みんなオランドをめぐって激論かわしているよ」と言われた。

 彼らからしてみれば、外の国から自分たちがどのように見えているかを聞きたがっていたのに、こちらは「報道規制されているらしい」「右派政党が躍進している。愛国心が高まっているに違いない」との浅い読みで、日本が置かれている状況に終始して、日本のメディアは忖度ばかりしていると伝えたわけだが、そんなことを言っているオマエこそ、今のフランスでは言葉を選んで伝えなければと「忖度」を重ねていたことになる。「日本の保守勢力が今......」という話をフランスで話すのは、実に「保守的」だ。

 渡仏するだけで「狙われるんじゃないの?」と言われたことにそれなりにビビり、ちゃっかり気を遣った、あちら側に踏み込まない自国の見識だけを並べた「安全パイ」な選択を恥じることになった。「自粛」の空気を感じるのだろうと出かけていったら、むしろ自分が「自粛」の空気を持ち込んだ結果になってしまったのである。

プロフィール

武田砂鉄

<Twitter:@takedasatetsu>
1982年生まれ。ライター。大学卒業後、出版社の書籍編集を経てフリーに。「cakes」「CINRA.NET」「SPA!」等多数の媒体で連載を持つ。その他、雑誌・ウェブ媒体への寄稿も多数。著書『紋切型社会 言葉で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社)で第25回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。新著に『芸能人寛容論:テレビの中のわだかまり』(青弓社刊)。(公式サイト:http://www.t-satetsu.com/

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ユーロ圏銀行、資金調達の市場依存が危機時にリスク=

ビジネス

ビットコイン一時9万ドル割れ、リスク志向後退 機関

ビジネス

欧州の銀行、前例のないリスクに備えを ECB警告

ビジネス

ブラジル、仮想通貨の国際決済に課税検討=関係筋
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 5
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    「嘘つき」「極右」 嫌われる参政党が、それでも熱狂…
  • 9
    「日本人ファースト」「オーガニック右翼」というイ…
  • 10
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 10
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story