コラム

シリア情勢をめぐって生じた、トランプと米軍の間のズレ

2017年03月14日(火)17時15分

シリア北部マンビジェを行く米軍装甲車の車列 Rodi Said-REUTERS

<ISの徹底的な無力化を主張するトランプと、現実的な選択としてクルド系勢力の温存を図る米軍との間に、政策的なズレが生じている>

先週9日あたりから、対IS作戦のために米軍がシリアに400人程度の海兵隊を増派するという報道が出ています。その一方で、その増派の目的が何なのか、依然として判然としないという状況があります。

その背景にあるのは、現在のシリア情勢における各グループの思惑が全く異なっているという事態です。

(1)アサド政権は、ロシア軍、イランの革命防衛隊、そしてレバノンのシーア派組織「ヒズボラ」の後援を受けつつ、シリア全土を回復しようとしている。ISはその一環の追討目標であるが、それ以上ではない。

(2)トルコは、ロシアとの関係を修復しつつも、依然としてシリアのクルド系武装組織(YPG)は主要な敵であり、IS追討よりもはるかにYPGへの攻撃を優先している。

(3)クルドのYPGは米軍の後援を受けつつ、トルコ領内での勢力圏安定を図りつつ、北イラクのクルド自治区との連携を強化しつつある。

【参考記事】溝が深まるトルコとEUの関係

(4)親欧米の「シリア自由軍」は主要な人材はすでに欧州に難民として亡命。現在は組織的な活動は弱体化している。

(5)アルカイダの指揮下であるという立場を明確にして、シリア自由軍との共同活動を模索していたヌスラ戦線は、「シャム・ファタハ戦線」と改名してアルカイダからの離脱を言明しているが、欧米からもアサド政権からも敵視される中で弱体化、多くはISに逃げたと言われる。

(6)ISはイラク領内のモスル西部でイラク政府軍に対して、顕著な劣勢に陥っている模様だが、依然としてシリア領内のラッカは確保している。

(7)トランプ政権は、シリア戦略について具体的なビジョンを持っているわけではないが、アサド政権を認める言動を繰り返しただけでなく、ISに対しては徹底的な無力化を図ることを、選挙戦を通じて「約束」してきた。

というわけで、何とも複雑な状況になっていますが、では今回のアメリカの「増派」は、正確には何が目的なのでしょうか?

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

日経平均は続伸、円安が支え 指数の方向感は乏しい

ビジネス

イオンが決算発表を31日に延期、イオンFSのベトナ

ワールド

タイ経済、下半期に減速へ 米関税で輸出に打撃=中銀

ビジネス

午後3時のドルは147円付近に上昇、2週間ぶり高値
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 3
    「ヒラリーに似すぎ」なトランプ像...ディズニー・ワールドの大統領人形が遂に「作り直し」に、比較写真にSNS爆笑
  • 4
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    犯罪者に狙われる家の「共通点」とは? 広域強盗事…
  • 7
    自由都市・香港から抗議の声が消えた...入港した中国…
  • 8
    人種から体型、言語まで...実は『ハリー・ポッター』…
  • 9
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 10
    「けしからん」の応酬が参政党躍進の主因に? 既成…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 3
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸せ映像に「それどころじゃない光景」が映り込んでしまう
  • 4
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 5
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 6
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 7
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 8
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、…
  • 9
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 10
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 7
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story