コラム

サウジ副皇太子の新世代外交に、日本はどう対応するべきか

2016年09月06日(火)18時10分

 また、中国との関係も重視している点を見ておかなければなりません。実は、このムハンマド副皇太子は、来日の直前まで中国で実務的なトップ外交を展開し、日本での日程が終わったら再び中国に戻って杭州でのG20に参加しています。

 つまり、中国には「日本より先に行って会談をする」という姿勢を見せていたのです。それは、「中国を日本より優先する」というメッセージなのか、「メンツを重んじる中国を手玉に取るためにやっている」のかは分かりませんが、重視しているのは間違いないでしょう。

 日本の中東外交は、大きな環境変化に直面していると考える必要があります。

 過去の日本は、まず「エネルギー確保」の観点から、革命後のイランも含めた中東産油国には「全方位外交」を繰り広げるという姿勢を取ってきました。これは、時にはイランと激しく対立したアメリカから「睨まれる」といった事態にもなりましたが、それでも日本は「全方位」を貫いていたのです。

 その後の日本は、ブッシュ(子)時代のイラク戦争とアフガン戦争を間接的に支援する姿勢を取り、その延長でサウジやクエート、UAEなどの湾岸諸国との関係を強くしています。また、アメリカの「反テロ戦争」や「反ISIS戦争」にも公式的に賛同してきました。

 ですが、現在のアメリカは戦争の疲れと、欧州でのテロや難民の騒動に「巻き込まれたくない」という孤立主義、これに加えてオバマが「中東の原油に依存しない体質」を実現してしまったために、「中東離れ」を起こしてしまっているのです。

【参考記事】「石油需要ピーク」が来たら?

 日本は今、あらためて中東との関係をどうしていくのか、中長期的な戦略を立てなくてはならないと思います。何となく困ったときにも原油が買えるように全方位という時代でもないし、日米同盟の延長としてサウジとの良好な関係が自然に想定される時代でもないのです。

 そもそも、日本のエネルギー調達は、国際市場の市場価格で調達しているだけです。ですから2国間関係に依存することはありません。そんな中、残念ながら産油国であるサウジは原油の高値を望み、輸入国である日本は安値を望むわけで、その点では利害は相反します。

 ですが、高値でも安値でもない、ある適正水準における「安定」ということは、例えば日本の利益にも、サウジの利益にもなるでしょう。そうした点を一緒に模索していくことで、この2国間関係を良好に維持することは、可能だし重要であると思います。そのためにも、スンニ派の盟主としてシーア派勢力との武力を伴う衝突を進めることには、反対の立場を明確にするべきでしょう。

 そして、サウジが進める「脱石油」の「経済革命」については、日本は良きライバルとして競って行くべきだと思います。例えばITにしても、あるいは金融にしても、後発のサウジに負けるようでは、日本経済の将来はない――そのぐらいの心構えで競っていくべきではないでしょうか。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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