コラム

スパイ組織CIAが陥った「腐敗」

2014年12月11日(木)12時57分

 今月9日に米上院情報特別委員会が公表した、ブッシュ政権下のCIAにおける「拷問」問題のレポートは、1つの時代の終わりを告げるものだと言えます。それは、「ポスト9・11」という言い方で「テロを防止するためには手段を選ばない」という姿勢を掲げた、いわゆる「対テロ戦争」の時代の終わりです。

 大統領選を通じて「チェンジ」つまり改革を訴えてきたオバマ大統領ですが、この「対テロ戦争の時代を終わらせる」というテーマについては、とりあえず実現を見たと言っていいでしょう。つまり「グアンタナモにおけるテロ容疑者の超法規的収容」を終わらせること、そしてブッシュ政権以来のアメリカの「暗部」と言って良い「CIAによる拷問」問題を白日のもとに晒すこと、この2つはようやく達成されたと言えます。

 本当は、この2つに加えて「NSA(国家安全保障局)による国内外の電子メールや通話の全面的な盗聴行為」に関しても、自身の手で終わらせるべきでした。ですが、こちらの方はエドワード・スノーデンの暴露と、これを契機としてアップル社などIT企業が非協力に転じることで、オバマ政権自身の成果として「終わらせる」ことはできなかった事情があります。

 さて、今回の報告書ですが、予想を上回る内容となりました。テロ容疑者に対して溺死の恐怖を味合わせる「水責め」が極めて頻繁に実施されていたこと、さらには銃口を突きつけて情報提供を迫る、あるいは性的拷問を加えて自尊心を破壊するなどといった行為が日常化していたというのです。拷問のために落命した被疑者の存在も具体的に明らかになりました。

 報告書は「拷問の結果、苦痛から逃れたい一心で偽の情報を口にする被疑者があった」など「拷問の効果は疑問」であったと結論付けています。また、オバマ大統領がその成果だとしている「ウサマ・ビンラディンの潜伏先」発見に関しては、映画『ゼロ・ダーク・サーティ』(キャサリン・ビグロー監督、2012年)が示唆していたような「拷問の結果として得られた情報から導かれた」というストーリーを否定しています。

 この点からも感じられるように、今回の「報告書発表」には、民主党が過半数を失う前の議会会期末において、オバマ大統領がダイアン・ファインスタイン委員長(上院情報特別委員会)と計って、「ブッシュ時代の暗黒」を暴露することで、自身の政治的なレガシー(遺産)にしようとしている、そのような政治的な判断が背後にあることは否定できません。

 これに加えて、私の印象としては、昨今の「米英の若者が自国への失望感からISIS(自称『イスラム国』)へ志願していく」現象を重く見たオバマ政権としては、ここで一気に「ウミを出してしまう」ことで、アメリカは「自浄作用のある国」だというイメージを広めたい、そんな計算もあるように思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

日銀には賃金上昇伴う2%目標実現へ適切な政策運営期

ビジネス

イーライリリー、米で肥満症薬「ゼップバウンド」の価

ワールド

トランプ氏、マドゥロ氏の要求拒否 国外退去期限切れ

ビジネス

新発30年債利回りが3.410%に上昇、過去最高水
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「世界一幸せな国」フィンランドの今...ノキアの携帯終了、戦争で観光業打撃、福祉費用が削減へ
  • 2
    【クイズ】1位は北海道で圧倒的...日本で2番目に「カニの漁獲量」が多い県は?
  • 3
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果のある「食べ物」はどれ?
  • 4
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 5
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 6
    中国の「かんしゃく外交」に日本は屈するな──冷静に…
  • 7
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 8
    600人超死亡、400万人超が被災...東南アジアの豪雨の…
  • 9
    メーガン妃の写真が「ダイアナ妃のコスプレ」だと批…
  • 10
    コンセントが足りない!...パナソニックが「四隅配置…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 6
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 7
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 8
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story