コラム

トヨタが1200億円の和解金を払った理由とは?

2014年03月24日(月)10時52分

 いずれにしても、「トヨタの北米ディーラー網」と「直接の顧客」に責任をなすりつけたり、あるいは彼等と争ったりすることはトヨタとしては回避したわけで、本社が罪をかぶった格好になりました。

 ちなみに、刑事上トヨタが「本当に真っ白」だったかというと、情報公開が不十分であるとか、捜査への協力に遅れが出た点など「多少の違法性」は否定しきれないようです。一部推測になりますが、本当にデータを出して協力してしまうと顧客の運転ミスなどのプライバシーを「表沙汰」にしてしまう、という理由もあると思われます。

 そんな中で、刑事訴追を免れる代わりに、1200億円という「和解金で済ます」という「ディール」がトヨタと米司法省の間で交わされたということになります。

 もう一つ、この「和解」を取り巻く現状としては、GMの問題があります。2009年に政府管理による破綻と再生というプロセスを経たGMは、現場叩き上げの女性経営トップとして、メアリー・バーラ氏がCEOとして経営再建を進めています。ですが、その一方でGMは現在、140万台弱という大規模なリコール問題の渦中にあります。

 今回のGMの問題は「イグニッション・スイッチが運転中に切れる」つまり、運転中に「電気系統の故障によるエンスト」が発生するという深刻な問題です。

 具体的な現象としては、事故を起こしたクルマはオートマ車ということもあって、即座にエンジンを復活させることは不可能であるばかりか、エンストのためにパワー・ステアリングも効かなくなり「エンジンは死んで、ハンドルも異様に重たくなる」という絶体絶命の状況になるという悪質な欠陥です。

 死亡者については、GMが認めたものは現時点では13名ですが、消費者団体の調査では300名に上るという報道もある中、報告が遅れたことに関しても悪質性が高いというので、米政府も世論も激怒しているのです。

 GMは2009年に公的資金投入を受けつつ、破綻と再生をしています。その際に「欠陥を隠しつつ」再生をした、つまり再生後に「負担発生」が起きる可能性を知りながら、公的資金注入を受けて、それが年金の支払基金等に回っていたとなれば、悪質性は高いわけです。当時の経営陣の関与が証明されれば、実刑も免れないという声もあります。とりあえず、バーラCEOは議会に喚問されることになりましたが、豊田社長のようにスマートに受け答えて済むということにはなりそうもありません。

 GMがそんな「最悪の状況」に陥りつつあるという中で、トヨタとしては和解を急いで「クリーン」な状態で更に販売の攻勢をかけようという判断をした可能性があります。アメリカの報道では、トヨタがここまで「低姿勢」だった以上、GMには「もっともっと厳罰を」という声も大きくなっているのです。

 そんなわけで、こうした民事上、刑事上の和解金というのは、一種の政治的コストというようなもので、トヨタとしては戦略的な判断として受け入れているという理解ができます。また豊田社長の言う「顧客が第一」という言葉には、何とも言えない含蓄があります。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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