コラム

ハリケーン「被災州」の視点

2012年12月07日(金)20時49分

 巨大ハリケーン「サンディ」が上陸して、ここニュージャージー州と隣のニューヨーク州に甚大な被害を与えたのが10月29日で、既に1カ月半近くが経過しています。ですが、復興のペースが非常に遅いという以前に、まだ復興計画も復興の予算もメドが立っていません。

 そんな中、6日の木曜日にはクリス・クリスティ知事自身がワシントンDCを訪れて、オバマ大統領並びに議会の有力者と会談しています。その大統領と議会の方ですが、今月は何しろ「財政の崖」問題で非常に厳しい状況にあるわけです。

 つまり、ワシントンの連邦政府として厳しい財政規律と景気を両立させるためのギリギリの努力をしているわけですから、カネを使う話は非常に通りにくいのです。そんな中、何とか復興の予算を確保しようと知事が乗り込んだわけです。

 ただ、このクリスティ知事(共和)が隣のニューヨーク州のクオモ知事(民主)と一緒に策定した復興計画では、800億ドル(6.5兆円相当)のカネを連邦から引っ張ってこないといけないということで、当たり前の話ですが交渉は難航しているようです。

 とにかくこの2つの州に関しては、まず大西洋岸の沿岸部での高潮の被害が深刻です。これは津波被災ではないので、海水が殺到したとはいえ圧力がかかったわけではありません。ですが、大潮と満潮の重なった時刻に中心気圧940ヘクトパスカルの猛烈なハリケーンが直撃したために海岸沿いのインフラ損傷は激しく、住宅には海水が浸水して甚大な被害となっているのです。海水に浸かった木造家屋はすぐにカビが生えて劣化が始まるので、根本的な改築を施さないと住めないからです。

 被害ということでは、沿岸の住宅や観光インフラが壊滅的なわけですが、ニューヨークのマンハッタン島でもダウンタウンの高層ビルに関しては地下のライフラインや通信インフラに海水が入ったためのダメージが大きいのです。

 さすがに電気と地下鉄は復旧していますが、本稿の時点でも電話の地上線(ランドライン)の復旧は遅れており、今日(12月6日)には「一部は来春までダメ」という電話会社の見通しに対して、ブルームバーク市長が激怒するという一幕もありました。勿論、インフラの優先順位が3G、4Gに大きく傾く中でのキャリアーの経営判断もあるのでしょうが、ひどい話ではあります。

 そんなわけですので、ハリケーン上陸時には怖い思いもしたし被害も受けているという自分の感覚を加えると、例えば同じアメリカでも他州の人と話していると、全く話が合わないのです。とにかく、直後の大きな取り上げ方と比較すると、現在はこのハリケーン被災については、ほとんどと言っていいほど全国ニュースでは話題にならないので、他州の人には完全に過去形になっているからです。

 その点では、ニューヨークの人とは完全に「話が合う」わけで「まだまだこんなに困っているのに、全国的な関心はまるでないね」という一種の被害者意識で共感できるというわけです。

 例えば最近私は日本に出張したのですが、このハリケーン「サンディ」に関してはほとんど話題にも上りませんでした。同じアメリカでも、他州の人にはまるで関心がないわけですから、外国である日本の距離感からすれば仕方がないのでしょう。

 ただ、成田空港などで今でもやたらに目立つ「サンキュー・ジャパン」という意味不明の、たぶん、必死で考えれば「東日本大震災への支援に対して外国に謝意を示したい」ということが辛うじて分かるステッカーやポスターを見ると、そんな「サンキュー」はいいから、今回の「サンディ」被災について何かサポートしてくれたらいいなと一瞬思うのでした。

 東京は他でもないニューヨークの姉妹都市ですし、例えば松井秀喜氏などはスタッテン・アイランド島(ニューヨーク市の南部の島で、被害は深刻です)には、この土地のマイナー球団で調整したことがあるという縁があるわけで、何かやってくれないかなあ、とか、黒田博樹投手は高額の契約にサインしてニューヨークに残留が決定したわけですから、何か精神的なものを示してくれないかなとも思うのです。黒田投手の場合はシーズンの疲労に対して国内でのリハビリの重要な時期というのは、よく分かるんですが。

 というような個人的な感慨を申し上げたのには理由があります。

 恐らく、東日本大震災の被災地の方々は、同じような、いやもっと激しい違和感を感じているのだと思います。これほどまでの被害を受け、国家的な規模の被災だったにも関わらず、被災県以外の関心は驚くほど薄れていることに対して、このニュージャージー州やニューヨーク州の人々が抱く「孤立感」とは比べ物にならないような深い孤立と落胆の感覚を感じているのだと思います。

 今回の選挙でも、復興事業に関する具体的な論争は起きていませんし、防災・減災のための「強靭化」などという公約を掲げる政党もありますが、被災県の経済復興を優先するというものでもないようです。自分たちが被災して初めて気づくということ自体が、何ともお恥ずかしい話ですが、やはり東北の復興に関しては粘り強く考え、取り組むことが何としても必要と思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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