コラム

「ペン・ステート・フットボール部」に厳罰の下った理由

2012年07月27日(金)09時34分

 ペンシルベニア州立大学(「ペン・ステート」)のフットボール部は、カレッジ・フットボール「ビッグ・テン」リーグの強豪であり、アメリカのアマチュアスポーツを代表する存在とも言えます。この「ペン・ステート・フットボール部」を舞台としたスキャンダルに関しては、本欄でもお伝えしていましたが、約半年を経て一つの結末に至っています。

 これまでの事件の経過ですが、同部で長年アシスタント・コーチを務めていた、ジェリー・サンダスキーという人物が、少年たちに対する性的虐待行為の常習犯として逮捕されたのが昨年の11月。その後、ドラマチックな裁判を経て今年の6月にサンダスキーは有罪となっています。(45件の罪状に関して有罪。量刑は未定ですが、終身刑は免れないと言われています)

 サンダスキーという人物の犯罪も「おぞましい」限りですが、それ以上に問題になったのが、事件の隠蔽工作疑惑です。「もみ消し」工作関与の疑惑から、強制調査直後にグラハム・スパニエル学長は解職され、更に、フットボール部の球界を代表する伝説的な監督であったジョー・パターノ(「ジョーパ」)監督も解雇されました。パターノ監督はこの時点で肺ガンを患っており、事件発覚2ヶ月後の本年1月に失意のうちに他界しています。

 この事件ですが、サンダスキーに対する6月の有罪判決で全ては終わりませんでした。大学の理事会は、事の重大性に鑑みて元FBI長官のフリー氏を委員長とする外部委員会に調査を依頼していたのです。7月になってその報告がまとまる中で、「事件の隠蔽工作に関しては、パターノ監督が積極的に指揮をしていた」という事実が明るみに出たのです。

 改めて大きな衝撃が、ペンシルベニア州立大学に、そして全米に走りました。強制捜査の時点でパターノ監督は解職され、直後に死亡したわけですが、この時点では、あくまで「スキャンダルが出てきたところで、事実の解明に積極的ではなかった」というレベルの問題だったわけです。

 ところが、今回のFBI元長官のフリー氏のレポートでは、パターノ監督は「事件について認識していたのは明白で、その上で隠蔽を主導した」という指摘がされています。これはやはり、大変な問題です。まず問題となったのは、ペンシルベニア州立大学の巨大なフットボールスタジアムの前にあった、パターノ監督の銅像の扱いでした。大学コミュニティとしては、何とか銅像の撤去という事態は避けたいとしていたのですが、全国世論の風圧が日に日に強まる中、7月22日の日曜日に巨大な重機によって銅像は撤去されました。

 同時に、NCAA(全米大学スポーツ協会)が同大フットボール部に対して、どのような処分を下すかが注目されました。学生スポーツ界では「いわゆる死刑」は免れないだろうという声が広がっていたのです。ここで言う「いわゆる死刑」というのは、1年から2年の対外試合禁止処分というような意味合いで、仮にそのような処罰が下れば、プロ並みかあるいはそれ以上の人気と注目度を誇っていた同大フットボール部は大きなダメージを受けることになります。

 ちなみに、今回の事件が起きた場所、そして同大フットボール部のスタジアムがあるのは、ペンシルベニア州のステートカレッジという町で、アパラチア山地の山奥にある隔絶された場所です。大自然の中に、ポツンと巨大な大学キャンパスがあり、その前に大学関係への需要を満たす商店街と多少の住宅地がある、孤立した大学コミュニティなのです。

 その大学コミュニティでは、処分への憶測を巡って「いわゆる死刑でも仕方がない。この場合の死刑というのは、その後に生き返ることは可能だから」という声が出ていたのです。そんな中、23日(月)のNCAAが発表した処分は予想を上回る過酷なものでした。

 まずパターノ監督が「不祥事を知り得た時点」以降に挙げた111試合という勝利の記録は抹消され、歴代最高勝利監督という記録が剥奪されました。NCAAとして監督の行為を「絶対に許さない」という姿勢がこれで明確になりました。具体的な懲罰としては、60ミリオン(48億円相当)の罰金というのも巨額ですが、何と言っても「4年間のプレーオフ戦禁止、4年間にわたり毎年10人分の奨学金停止、在学中もしくは入学予定のスポーツ特待生は他校に無条件で転校可」という条件は、ステートカレッジの町、そして全米に衝撃を与えました。

 例えば「スポーツ・イラストレイテッド」誌にアレクサンダー・ウォルフ氏が寄稿した論評によれば、これは「死刑以上の判決」だというのです。多くの人が同様な感想を漏らしています。「これで20年はペン・ステート・フットボール部の再建は不可能になる」というのです。

 では、どうしてここまで過酷な判断が下ったのでしょうか? しかも選手や学生、地域住民など全く責任のない多くの人々の希望を打ち砕く、大きな影響を与える判断です。それは性的虐待事件への連座ということではありません。NCAAが理由としたのはこういうことです。「このフットボール部は、余りにも大きな存在になり過ぎた。その結果として誤りを認めることができなくなった。これは大学スポーツに取って明らかな逸脱だ」というのです。

 ペンシルベニア州立大学のフットボール部は、大学の誇りであり、学生と同窓生の団結の証であり、地域住民にとっては生活の糧の一つでした。そうした存在感の肥大が、巨大な権力を生むと同時に、問題の露見によりダメージを被ることよりも、問題を隠すことを選択させた、仮にそうであるならば、一旦このフットボール部の「伝統と栄光を除去」して、再出発させるしかないというわけです。

 この結果については、まだ論争が続いています。多くのスポーツファンは納得していないようです。賛否両論色々な立場があると思いますが、スポーツを巡る倫理のあり方について、危機が起きた時に何を守るかという問題について、今回のNCAAの決定には、多くを考えさせられるように思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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