コラム

誤解されてしまった、ダルビッシュの「謙虚さ」

2012年07月02日(月)11時33分

 メジャーリーグのオールスターが7月10日に迫る中、両リーグのメンバーが発表になりましたが、そこにレンジャースのダルビッシュ有投手の名前はありませんでした。取りあえず「最後の1人枠をかけた投票対象の5名」には入っているのですが、とにかく選出から外れたのは間違いありません。

 私は、これまでの堂々たる成績、地元ならびに全米での話題性ということから考えると、出場は当然だと思っていました。それこそ、1994年度の野茂英雄投手のように、球宴の先発に指名されても全く不自然ではないと思います。しかも、アメリカンリーグの監督は、レンジャースのワシントン監督その人であり、更に言えばピッチャーというのは監督指名で決まるのです。

 一体、何が起きているのでしょう?

 1つには、ここ数年の躍進でレンジャースの全国的人気が高まる中、ファン投票でレンジャースの選手が3名(ハミルトン、ベルトレ、ナポリ)も選ばれたということがあります。ファン投票の各1位の選手は、自動的に先発し、最低2回は打席を回すのが慣習です。一方で、ア・リーグには今年は14球団が所属していますから、各球団の選手に広くチャンスを分配しなくてはという問題もあるわけです。

 ですから球宴監督としてワシントン監督は、そんなに多勢の自軍選手を選ぶわけにはいかないのです。そうは言っても、実は投手を2名、左の若手先発のハリソンと、抑えのネイサンを「ちゃっかり」入れています。これは何故かというと、ハリソンは昨年ようやくローテーション定着したばかりの伸び盛りであり、球宴選出という名誉で更なる伸びが期待できると考えたのでしょう。

 また、ネイサンの場合は球界を代表するクローザーがキャリアの終盤に差しかかる中、そのプライドを受け止めて後半戦へのモチベーションを高めてもらおうという意図がありそうです。

 では、ダルビッシュ投手はどうしてダメだったのか?

 理由は簡単です。本人が遠慮したからです。報道によれば、球宴選出という問題について「ふさわしくないし身の程知らず」だと発言したそうで、この発言は英訳されてワシントン監督にも伝わり、監督は「彼は謙虚な男だ」と言ったというような報道もあります。

 これは、完全にアウトです。本人がここまで固辞している一方で、出たい人は沢山いるし、ただでさえ自軍選手は選べないし、という状況下で、正規の監督推薦枠で彼を指名するのは不可能だからです。

 ワシントン監督が、ダルビッシュ投手を「最後の1人枠のファン投票対象リスト」に入れたのは、「そんなに遠慮するなら、ファンの意向で出ざるを得ないようにしてやる」というよりも、固辞している人間を出させて、なおかつ周囲が不満を持たないようにするには他に方法はなかったのだと思うのです。

 表面的には「異文化コミュニケーション入門編」である、アメリカでは変な遠慮は誤解の元という話ですが、今回は監督さんには相当に気を遣わせてしまったようです。

 もっとも、ダルビッシュ投手がカルチャー・ギャップのために失敗したというよりも、問題は日本のメディアにあるように思います。日頃は「偉そうなキャラで売っている人間がボロを出したら徹底的に叩いてやる」という構えを見せつつ、今回の騒動では「球宴先発も当然」だと言わんばかりに先走ったわけです。

 そうなると、ダルビッシュ投手のように誇り高くクレバーな人は、少なくとも日本向けのキャラとしては「超低姿勢」で身を守るしかなくなるわけです。

 いずれにしても、ダルビッシュ投手自身はもう良く分かっていると思いますが、日本のメディアもワシントン監督を恨んではいけないと思います。アメリカでは「有言実行」「腹芸なし」で行かないとまとまる話もダメになるということです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

インフレは依然高すぎる、政策変更は差し迫らず=米ク

ワールド

イラン空域制圧へ作戦順調、米が新指導者候補を複数検

ビジネス

米2月雇用、9.2万人減で予想外のマイナス 失業率

ビジネス

米原油先物、23年10月以来の高値 北海ブレント9
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプのイラン攻撃
特集:トランプのイラン攻撃
2026年3月10日号(3/ 3発売)

核開発の断念を迫るトランプ政権が攻撃を開始。イランとアメリカの本格戦争は始まるのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中国はイランを見捨てた? イランの「同盟国」だったはずの中国が、不気味なまでに静かな理由
  • 2
    日本の保護者は自分と同じ「大卒」の教員に敬意を示さない
  • 3
    10歳少女がライオンに激しく襲われる...中国の動物園で撮影された「恐怖の瞬間」映像にネット震撼
  • 4
    「みんな一斉に手を挙げて...」中国の航空会社のフラ…
  • 5
    「巨大な水柱に飲み込まれる...」米海軍がインド洋で…
  • 6
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られ…
  • 7
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 8
    「毎日が人生最後の日」だと思って酒を飲む...84歳医…
  • 9
    アルツハイマーを予防する「特効薬」の正体とは? …
  • 10
    「ハリポタ俳優で終わりたくない」...ハリー・メリン…
  • 1
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビザの壁、会社都合の解雇、帰国後も続く苦境
  • 2
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズった理由
  • 3
    BTS復活...でも、韓国エンタメが「苦境」に陥っている
  • 4
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで…
  • 5
    「毎日が人生最後の日」だと思って酒を飲む...84歳医…
  • 6
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 7
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られ…
  • 8
    少子化に悩む韓国で出生率回復...昨年過去最大の伸び…
  • 9
    「死体を運んでる...」Google Earthで表示される「不…
  • 10
    「若い連中は私を知らない」...大ヒット映画音楽の作…
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 3
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 4
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 5
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 6
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 7
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 8
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 9
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
  • 10
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story