コラム

経産省他による「ものづくり白書」はもう止めるべきではないのか?

2012年06月06日(水)11時38分

 このレポート、アクセスはPDFなので楽ですが、本文は「昭和の写真植字」風でレトロな感じが濃厚ですし、要約の部分は粗っぽくデータやコメントを詰め込んだパワポ風で、これまた「業績不振企業の弁明会見」用のスライドにも似て不景気極まりないという印象です。

 それはともかく、昨日、6月5日に発表された今回の「ものづくり白書」の内容は何とも首を傾げざるを得ない内容でした。ちなみに、このレポートには経産省に加えて厚労省も文科省も関与しているようです。

 2点指摘したいと思います。

 まず、時代認識における「工業製品におけるデジタル化、モジュール化の進展」という解説があります。本文では、ご丁寧にインテル社の歴史を引用しながら「386」とか「486」の時代から現在の「XEON」までにプロセッサに集積されたトランジスタ数が1000倍以上になっているとか、2000年当時のクルマに搭載されていたプログラムの「行数(ステップ数)」と比較すると現在は5~10倍になっているなどという図が掲載されているのです。

 トランジスタ数とかステップ数にこだわってグラフを作り「見える化」しないと感覚がつかめない辺りに、既にしてマズい雰囲気を感じるのはともかく、このように工業製品のモジュール化が進み、ソフトを変えればどんどん付加価値が生まれる中で、ハードの部分は標準化と単純化が進行したという認識は正しいと思います。パソコンは標準化した部品を組み合わせてできてしまうから、部品間の「すりあわせ」が必要ないので、昔の懐中時計に比べてメカとしては単純だという説明も、懐中時計という例えが何ともレトロですが、理解としては間違ってはいません。

 ところが、「ならば、これからはハードの時代ではなくソフトの時代だから、最先端のシステム設計やネットワーク関連のソフト、あるいはメカトロニクスのソフトの部分に注力してゆこう」という方針は「一言も書いていない」のです。

 百歩譲って、このレポートが「ものづくり白書」であり、ハードの視点からの提言をすることが目的だとしても、少なくとも「ソフトから発想し、ソフトに最適化したハードを」という発想は必要だと思います。ですが、そうした方向性も全く入っていないのです。

「すりあわせ」というキーワードへのこだわりがあるのなら、ソフト開発とのすり合わせでの「専用機のメリット追求」的な発想をするかと思うと、それもありません。これでは「スタートボタン」とタッチパネルで基本的にすべての動作が可能という思想から入っていったiOS専用機に勝てる「モノ」など作れないのも当然です。

 もう1つは、世界市場との関わりです。この点に関しては概要の方に実にスッキリした記述がされているので、引用してみます。


 我が国企業は、新興国市場において、「企画・マーケティング」や「販売」といった機能で劣後する。マーケティング力が弱い原因は「経営戦略」や「グローバル人材の不足」、販売力が弱い原因は「価格競争力」が圧倒的に弱いことに加え、「グローバル人材の不足」、「販売チャネル」不足である。


 これも正しい指摘だと思います。ところが、具体策が間違っているのです。各国市場での営業力がないのは「グローバル人材」が足りないからというのは、一見すると正しそうですが、実は違います。日本人の海外要員にしても、出張や駐在で各国のマーケットの状況には触れる位置にいたはずです。そこから社内に上がったレポートも、そんなに間違っていたのではないと思うのです。また、販売チャネルに関して「ローカルな市場を押さえているパートナー候補」などについて、色々と提案ができていたはずです。

 問題は、各国市場を調べた人材の能力ではないのです。「高付加価値ハードウェア」が「世界標準」だという誤った前提に縛られたり、「現地パートナーに任せられない」くせに「自力で入っていくリスクも取れない」臆病なマネジメントが問題なのです。

 価格競争力に関しても、日本の人件費が高いから競争力がないという以前に、原材料費や人件費に開発コストを乗せ、間接費も網羅した上での「現時点での価値」を厳密に算定する会計制度を持っていないことが問題です。こう申し上げると、「原価計算は日本の<ものづくりの魂>」だというようなことを言って、「欧米式の会計は、瞬間瞬間の<解散価値>を前提とした刹那的なもの」などという批判が来るのです。ですが、この欄で以前お話したように「開発中の価値」が何年も陳腐化しないなどという「のんきな」会計をやっているから、半導体などはライバルに叩きのめされてきたわけです。

 いずれにしても、この報告書でよく分かったのは「ものづくり」という言葉を使うようでは、もうダメだと言うことです。この言葉が象徴しているのは、付加価値の高いソフトの部分で最先端の競争を放棄し、いつまでもハードにこだわってせいぜいが部品生産に細々と活路を見出すというような方向性です。それ以上の可能性はこの言葉からは出てこないわけです。産業再生のためには、何よりもこの「白書」を止めることから始めてはどうなのでしょうか?

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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