コラム

消費税制で地方の個性にバラエティを

2012年04月09日(月)10時58分

 消費税率のアップに関しては政局の焦点になった感がありますが、一方で大阪の橋下市長が提唱している消費税の徴税権を地方に移管せよというアイディアは検討に値すると思います。というのは、アメリカの場合では、個人税制に関しては大まかに言うと「所得税=連邦」「消費税=州」「固定資産税=市町村」という区分けがハッキリしており、その中で消費税は州ごとの税制になっているからです。

 税制が州ごとに異なるというと、州を越えた租税回避行動など混乱があるかというと、まあ混乱はあるといえばあるのですが、それも含めて州ごとに消費税が異なるという点については、もはや定着していると言っていいでしょう。

 例えば、私の住むニュージャージーの場合は、隣のニューヨークとは違って「生活必需品は非課税」という考え方が貫かれています。カテゴリとしては、食料品、衣料品、靴、家庭内で消費される紙製品、医薬品は消費税がかかりません。この中で、特に問題になったのが衣料品です。長い間、ニュージャージーと隣のニューヨークでは、衣料品の販売をめぐって抗争がありました。

 ニューヨークの税率は、州が4%でこれに市町村の消費税4%強が乗っかるので、例えばニューヨークの場合は、8・5%とか8・75%、今では8・875%などという高率になっているわけです。食料品の場合は、単価も安いし近所でチョコチョコ買うものですから、消費税を避けたいとわざわざ州境を越えるということにはならないのですが、衣料品の場合は安ければクルマを運転して隣の州まで買いに行くということは十分にあるわけです。

 そこで、以前ですと、ニューヨーク市に近いニュージャージーのエリアでは「某ブランドは出店禁止」になっていたとか、「アウトレット店は自粛」などという業界内の抗争がありました。一方で、消費者がニュージャージーに流れるのを防止するために、ニューヨーク市として「タックス・ホリデー」といって消費税をゼロにする全市でのバーゲンセールをやったりもしていたのです。

 結果的に2007年にニューヨーク市内は「衣料品の消費税はゼロ」になりましたが、一点で110ドルの上限がついています。この110ドルというのはなかなか微妙な線で、普及品のカジュアル衣料はほとんど非課税である一方で、冬物の厚手ジャケット、ビジネススーツなどは課税、そして高級ブランドのものはほとんど課税というラインになるわけです。

 この110ドルの上限の存在ですが、110ドル以上のものでも依然として非課税となるニュージャージーに越境して買い物をする人も確かにいますが、以前よりは市内での消費が増えていますし、本格的な高級ブランド商品は、何と言ってもマンハッタン島内の品揃えは圧倒的ですから、多少税金を払っても富裕層は買うということもあるわけです。

 そんなわけで、長年お互いに綱引きをしてきた「何とか衣料品にも課税したいニューヨーク」と、その対岸で「衣料品は全て非課税で通してきたニュージャージー」の抗争は、自然に落とし所まで来たということになるようです。ちなみに、ニュージャージーでも何かと問題になっている毛皮製品の一部は課税になっています。

 このように、地方に消費税の徴税権を移管して、地方がそれぞれの特色を出すと「混乱」はします。ですが、長い時間をかけてある種のバランスに達するのは事実ですし、何と言っても地方ごとに課税方針が異なり、それが地方の経済や消費のパターンの個性になっているというのは、面白いですし、地方経済の自立ということではメリットはあると思うのです。

 個性的な消費税法ということでは、アメリカの各州の場合にはもっと色々あります。例えばカリフォルニアでは、そのまま食べられる調理済み食品(レストランでの食事の提供を含む)には課税される一方で、ベーカリーで販売しているパン類や、コーヒーなどの暖かい飲料は非課税です。これは「ベーシックな生活には課税しない」という一種のカルチャーでしょう。

 カルチャーということでは、イエール大学やコネチカット・カレッジなど有名大学の多いコネチカット州では学生が購入する書籍、雑誌購読料金、ネット接続料などは非課税にして学園都市のコミュニティを支援しています。また、多くの州ではソーラーパネルや風力発電機などエコグッズは非課税にしています。

 これは消費税の話題とは少しずれますが、アルコール飲料に関する規制も各州で個性があります。全州で「ドライ(禁酒)」というのはさすがにありませんが、州より小さな行政単位である「郡」になると今でも禁酒という場所があります。そうした場合には、隣の郡の境に近いところには必ず大きな酒屋とか立ち飲みバーがあって繁盛したりしているわけです。

 酒の販売への規制に関しては、宗教的な背景があるので日本の場合はあまり参考にはならないかもしれません。ですが、それはさておき、消費税の課税方法が地方ごとに異なるというのは、それぞれの地方経済に個性を与えるという点で、効果はあると思うのです。生活必需品は幅広く非課税にして低所得層に住みやすい地域があったり、もっと言えば低額な外食費用は非課税にして単身者に住みやすい地域があったり、例えば高齢者の住みやすいような課税方法というのもあるかもしれません。

 制度が違えば、越境して節税しようという動きは必ずあり、多少の「混乱」はあるでしょう。ですが、そうした混乱もまた人々の課税意識の現れであり、最終的には使途への厳しい視線も含めて、納税意識は向上するのではと思います。徴税コストが膨らんで利権化するというのは困りますが、品目を200とか300のジャンルでコードを振り、地域コードとの突き合わせで税率計算をするような標準化さえできれば、システム開発での「ボロ儲け」も避けられると思います。地方に消費税の徴税権を移管するだけでなく、地方ごとの特色ある税制を実施することは、テクニカルに可能であるし、地方経済の個性追求という意味で面白いと思うのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:動き出したECB次期執行部人事、多様性欠

ビジネス

米国株式市場=ダウ493ドル高、12月利下げ観測で

ビジネス

NY外為市場=円急伸、財務相が介入示唆 NY連銀総

ワールド

トランプ氏、マムダニ次期NY市長と初会談 「多くの
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワイトカラー」は大量に人余り...変わる日本の職業選択
  • 4
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 5
    中国の新空母「福建」の力は如何ほどか? 空母3隻体…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    ロシアのウクライナ侵攻、「地球規模の被害」を生ん…
  • 8
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 9
    「裸同然」と批判も...レギンス注意でジム退館処分、…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story