コラム

日本の自動車産業が踏ん張っている理由

2012年02月06日(月)12時35分

 先週は日本のエレクトロニクス各社の決算予想が次々に発表され、その結果が悲惨であったために、まるで日本経済が沈没するかのような気分にさせられたのも事実です。その一方で、自動車産業の方でも、トヨタの生産台数が前年の世界首位から陥落して、GM(米)とVW(フォルクスワーゲン)に続く3位になったというニュースが流れています。一方でライバルの現代自動車(韓国)は世界第5位に上がってきているそうです。

 この話題だけを聞くと、日本の最後の砦である自動車産業ももうダメか、というこれまた悲観的なムードに傾きそうです。例えば、トヨタの場合は廉価版のハイブリッドである「アクア」の生産体制を拡充するなどというニュースも同時に流れていますが、これもまた、最先端のハイブリッドもデフレに飲み込まれるのかという印象を与えるかもしれません。

 ですが、日本の自動車産業はエレクトロニクス各社のように、存在意義が揺らぐような危機に陥ってはいません。世界ではまだまだ競争力を維持していますし、特にここ北米では2008年以来低迷を続けてきた新車販売市場が少しずつ好転する中で、日本勢は依然としてメジャーな存在だというのは間違いありません。そんな中、今年2012年は日本勢、特にトヨタは円高にも負けずに収益を相当に改善する可能性があると言えます。理由はいくつかあります。

 一つ目は、自動車というのは大量生産の民生用機械販売ビジネスの中で、デフレの影響が少ないということがあります。デジタル化でモノが消滅するということもありませんし、人間の物理的な移動がある限り、そして人間を箱に入れて保護しながら高速移動をするという形態が続く限り、代替需要があるわけです。北米では特にそうです。安全を気にする、経済性を気にする、快適さを気にするなどの付加価値のスキームも当面は安定しています。

 二つ目は、日本企業の特にトヨタのポジションはエレクトロニクス産業の苦境とは訳が違います。付加価値創造ということでは、ロールス・ロイスやその下のベンツSクラスという「最高級」のランクはともかく、そのほんの少し下のレクサスLSから100万円前後の若者向けの車まで、全てのレンジで商品の競争力を維持しているのは世界の自動車産業の中で、トヨタだけだと思います。これに加えて、ハイブリッドでの実用化技術も最先端を維持しています。

 三つ目は、トヨタの場合、利益を稼ぎ出す高付加価値の「レクサス」ブランド車が今年から攻勢に出るというタイミングの問題があります。まず筆頭として、この2月より新型のGSというクルマを北米で発売しています。GSというのは、車格的にはライバルのベンツEクラス、BMWの500シリーズとほぼ同格という位置づけにあります。

 ですが、先代のGSは日本国内市場向けのクラウンとシャシーなど主要部品を共用しており、手堅い設計ではあったものの、北米市場では地味な存在に甘んじていました。「オーディオカセットを搭載した最後のクルマ」などという陰口を叩かれるような保守的なイメージも(デザインはイタリア風で悪くはなかったのですが)あって、販売は成功したとは言えません。

 今月発売の新型では、そのGSに相当の独自設計を加え、ユーロ安を追い風に北米市場で破竹の勢いであるBMWの500を追撃するということになります。この販売が成功すれば、レクサス=トヨタ・ブランドは様々な誹謗中傷に苦しんだ一連の時期を乗り越えたことになります。そして、その次には恐らく今年の秋には、3万ドル台のボリュームゾーンにあるESシリーズの新型を、ハイブリッドを中核にして出してくるでしょう。ESハイブリッドの中身は、昨年末に発売したカムリ・ハイブリッドになる可能性が高く、その出来は良いようですから新型GSでブランドイメージを再建すれば、相当な成功が見込まれるでしょう。

 今年のスーパー・ボウルはつい先程終わりましたが、ニューイングランド・ペトリオッツとニューヨーク・ジャイアンツという宿命のライバル、そしてそれぞれにトム・ブレイディとイーライ・マニングというスーパースターのQBを擁した両チームの激突は史上空前の話題を提供しました。試合も接戦で、最後のツメで時計を前提とした作戦に少しだけブレがあったものの、ジャイアンツが勝利しています。そのハーフタイムの分析コーナーを中心にトヨタは久々にスポンサーをして、新型カムリを中心に広告を展開しています。

 ちなみに、ここ数年こうした「お化け番組」に巨額のブランド価値増進費用を投入してきた現代自動車は今年は大人しくしていた一方で、トヨタと並んでホンダが、スーパーカーの次期NSXをコメディアンのジェリー・サインフェルトを起用して広告をしていました。ホンダは、売れ筋の中型SUVであるCR-Vの新型の広告も丁寧な作りでしたし、今年に復活を期しているという意気込みが感じられました。

 いずれにしても、苦境にあえぐエレクトロニクス産業と比較しますと、日本の自動車産業は北米市場から見る限り、超円高の中で必死に戦い、まだまだ世界のトップレベルで収益という意味でも競争力を保っています。その成果が、少しでも円が下がることで(下がり過ぎない範囲で)日本経済に活力を還元してくれることを願いつつ、とにかく自動車に続く産業の柱を、例えばバイオや製薬、医療機器、宇宙航空などで新しいビッグビジネスを打ち立てていかねばならないと思うのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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