コラム

映画『ソーシャル・ネットワーク』に見る「ネットとリアル」

2010年10月04日(月)12時28分

 この週末にアメリカで公開された映画『ソーシャル・ネットワーク』は、その名の通りの巨大SNS「フェースブック」の創設者、マーク・ザッカーバーグがハーバード在学中にこの「フェースブック」のサービスを開始した際の実名ドキュメントです。特にこの映画について上映前から話題になっていたのは、同大学中退後の24歳の時には史上最年少の「ビリオネア(10億ドル長者)」になる一方で、独断的な経営から来る多くの訴訟スキャンダルに巻き込まれたという実態を描いた、ザッカーバーグに関する「暴露映画」という噂でした。

 巨大企業である「フェースブック」のCEOであるザッカーバーグとしては、この映画の試写会当日に、巨額の寄附行為を行うと発表しているのですが、これが純粋な慈善事業ではなく、スキャンダル映画に対抗するための「ダメージコントロール」だろうという非難もあり、話題が話題を呼ぶ形になっていました。公開最初の週末で2300万ドル(推定)を売り上げたという、この種のシリアス映画としてはヒットになったのも、一部にはこうした「スキャンダラスな話題」を提供した効果もあったのだと思います。

 ただ、この作品、決して「キワモノ」というだけではないと思います。私は公開翌日の土曜日に近くのシネコンで観たのですが、エンドクレジットと共に拍手をしている人も多かったですし、かなり観客の受けは良いようでした。2つの点を指摘しておきたいと思うのですが、まずザッカーバーグの強引さであるとか、訴訟沙汰というのは正にそれがメインのストーリーになっていて思う存分描かれています。ですが、決して彼を極悪人とは描いていないのです。むしろ、「より良いサービスをしたかった」とか「自分の才能を思う存分発揮したい一方で、才能のない人間に振り回されるのはイヤ」という良くも悪くも純粋なITの申し子としてザッカーバーグを描いているように思われました。強さと弱さ、純粋さと強引さという複雑なキャラとして、映画の主人公は実に魅力的だと、そんな印象すら持たされるのです。

 もう1つは、監督デビット・フィンチャー(『ベンジャミン・バトン』、『ファイト・クラブ』)の手腕でしょう。徹底的に計算された構図、抑えた光、そこに弾けるマシンガンのような知的バトルトーク、ほんの一言で味方が敵になり、男女の関係が壊れるダイアローグの恐ろしさとリアリティ、2時間という尺を忘れさせるスピード感がそこにはありました。雑誌「US」の電子版によれば脚本の中の「ハーバード流マシンガントーク」については、他でもないハーバードの卒業生である女優のナタリー・ポートマンが監修しているそうです。

 そのスピード感を体験してしまうと、同じ「ハーバード中退」のマット・デイモンが作った『グッドウィル・ハンティング』の知的トークなどは、正に前世紀の遺物に思われてしまうほどです。一部にオスカーの声もかかっているようですが「もしかしたら?」と思わせる仕上がりであるとは言えるでしょう。作品中には「ロレンス・サマーズ学長」や「講演するビル・ゲイツ」、いかにも貴族風の英国の「アンドリュー王子」なども登場し、それぞれが「ソックリさん」の域を越えた独特のリアルな演出で、しっかり笑わせてくれるのです。

 ただ、私が気になったのは「どちらかと言えば「リアル」に属するオールドメディアの映画が、どうしてネットの世界を距離感なく描けるのか?」という疑問です。確かに、この映画の根本的欠陥として「どうして5億人(公称)という人々がフェースブックにはまったのか?」という純粋にネット的な部分が描けていない、そんな批判もあるのですが、その問題はともかく、21世紀のネットの世界での事件が「映画になる」、しかも超一級の監督が真剣に作って公開後3日間で2300万ドルも売れてしまう、どうして「アメリカではそんなに「ネットとリアル」の親和性が高いのか?」この点がどうしても気になるのです。

 事実、日本でもIT「業界」の側、あるいはビジネスの世界に近い上の世代を中心に、「ネットとリアル」の乖離した現状を憂える声は高まっているようです。例えば日本で「ツイッター」を使い、今は「フェースブック」を導入しようかと考えているような人々は、若者中心の「ネットは匿名で」という習慣、あるいは「ネットとリアルは別」という文化に対して否定的になってきているようです。では、コソコソと匿名で意見を発表したり、「リアルは充実していない」のでネットに「入れ込んでいる」ような若者は愚かであって、アメリカのように実名でネットを使い、ビジネスでどんどん使っていくのが偉いのでしょうか?

 私はそうとも思えないのです。映画『ソーシャル・ネットワーク』を見ていると、20歳そこそこの若者に対して、その企画を認め、巨額の資金を提供するようなベンチャーキャピタルやファンドが出てきます。そのように、年齢とは関係なくどんどんアイディアを認めていくような公平な環境が日本の「リアル」にはあるのでしょうか? 「ネットは実名で」と主張しているIT関係者には、法人名という「匿名」でなく「社名+本人名」を明かした個人としてネットとリアルの広い世界で胸を張ってコミュニケーションを続けていく自由と任意性を「所属する法人」から与えれているのでしょうか? 私は「ノー」だと思います。

 そう考えると、日本のビジネス社会における「リアル」というのは、あくまで個人と言っても「法人格の代行者という仮の存在」が単位になってあれこれコミュニケーションを行っているだけなのであり、ビジネスの世界における「個」といっても決して「リアルな個」ではないということになります。そのような「リアルでない個」の牛耳っている「リアル」の世界に対抗して精神の自由や、人生の本当の選択肢を探してゆかねばならない若者が、とりあえず「匿名」という形でネットに参加することで「リアルな自分」を守っているというのは一種の必然ではないかと思うのです。

 私は日本のSNSの状況、特に匿名中心のコミュニケーションが主流になっていることは、決して良いことではないと思います。ですが、その責任は「実名で語る強さのない若者」にあるのではないと思います。法人格に包み込まれた虚構の個しか提示できないくせに、法人の力を背景に影響力行使を続ける「リアルでない個」、これを生み出し続けているビジネス社会(あるいは地域社会や、学校内社会、政党など)の集団主義カルチャーにまずその責任があるように思うのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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