コラム

サッカー日本代表の成果とは?

2010年06月30日(水)10時26分

 惜敗というのはこのようなゲームのことを言うのでしょう。それにしても、高いレベルの試合でしたし、後味の悪いはずはありません。終わってしまった以上、サッカーとしての技術論は、専門の方々にお任せするとして、今回のW杯日本代表チームの「成果」について、組織論、文化論的な雑感を今日は記しておこうと思います。

 まず、岡田監督についてですが、「一国一城の主」であるA代表の選手たちを「日本語で統率する」のはもはや「不可能ではないか?」そんなことを、これまで何度も思ったのは事実です。過去何人も外国人監督が続いたこと、練習試合で成果が出ない時期に監督と選手の関係が円滑ではないように見えたことから「日本語での統率の言語が上下関係に依存」している限り、ある種の高い合理性を求められるサッカーの指揮には日本語は不適切なのかもしれない、そんな仮説でした。

 敬語や命令口調が介在する中で、説得の論理が「上下関係のフレームで押す」だけの表現では、身体の芯まで説得をすることは不可能ではないか、そんな懸念と言っても良いかもしれません。ですが、非常にモチベーションの高められた状態では、逆に受け手の方で「日本的な統率の表現」を非常に高いレベルで「しっかり受け止めること」が可能になっていたのではないかと思われるのです。だとしたら、それは日本語の表現や、日本の組織論に取って参考になるものだと思います。岡田監督がどうやって選手たちを統率していったのか、非常に興味の持たれるところです。

 第2の点は、国内組と海外組など、個性の「ぶつかりあい」がどのようにチームワークになっていったのかという点です。当事者間の会話の中身、人間関係の「綾」の部分は全く分かりませんが、プレースタイルを見ていた範囲では「全体に個が合わせて行く」というような集団主義や「和」の組織論で動いていたのではないようです。そうではなくて、お互いがお互いの個性を認める、いやお互いの個性を「熟知」して、それぞれの個性が生きるように個々が動いていった結果であるように思うのです。

 今回のA代表の戦績を見て、また彼等の円陣のスタイルなどを見て、やはり日本の組織は集団主義が大事で、個人の突出はダメなんだという印象を持つとしたら誤りだと思います。本田圭祐選手や松井大輔選手は、中田英寿選手と同じかそれ以上に個性的だったのであり、チームの状態がドイツW杯より優れていたのだとしたら、それは彼等が「合わせる」ことを知っていたからではなく、周囲が個性的な選手を「活かす」術を知っていたということの成果だと思われます。

 日本人監督が日本語で統率し、みんなで肩を組んで国歌を歌ったり、円陣を組んだり「古き良き日本式の集団主義」に戻ったのが良かったのではないのです。当然そこには、非常に厳しい成果主義、競争の結果があるということも含めて、今回のW杯代表チームが高いモチベーションを維持できたのは、日韓W杯やドイツ大会の時のような「中途半端な組織」ではなく、機能的な面でそして選手のコンビネーションという面で、ギリギリまで高められたものがあったからだということです。

 それを一言で言えば、個が鍛えられ、その鍛えられた個が主体的に参加していく組織の強さということだと思います。サッカー強国の代表であれば当然身につけているそうした組織力のレベルに、ようやく日本も手が届くようになったのです。フランス大会の敗北、ドーハの悲劇、日韓大会のトルコ戦の惨めな敗戦、ドイツ戦での厳しい結果など、様々な苦闘を経て、そして何よりも組織論、文化論の改革を経て、日本サッカーはここまで来たのです。

 企業や大学、官庁などの組織においても、国際化するとか、生産性を高める、あるいは存在意義を見い出すというのは、そのような厳しさの中で改革を進めることで初めてできることなのでしょう。改めて「岡田ジャパン」の本当の強みとは何であったのか、当事者の証言を含めて詳しい報道が待たれるところです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

カタール空爆でイスラエル非難相次ぐ、国連人権理事会

ビジネス

タイ中銀、金取引への課税検討 バーツ4年ぶり高値で

ワールド

「ガザは燃えている」、イスラエル軍が地上攻撃開始 

ビジネス

独ZEW景気期待指数、9月は予想外に上昇 「リスク
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く締まった体幹は「横」で決まる【レッグレイズ編】
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 6
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 7
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 8
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 9
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 10
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story