コラム

二大政党制の衰退、アメリカの場合は?

2010年05月14日(金)11時35分

 それにしても、英国のキャメロン内閣は与党保守党が過半数を持っていない、純粋な連立内閣になってしまいました。キャスティングボードを握った自由民主党は下院での獲得議席は57議席(定数650)ですが、クレッグ党首が副首相として入閣したことで、二大政党制は崩壊したという言い方がされています。私は英国政治は専門ではないのですが、この二大政党制崩壊(あるいは衰退)というのは、英国流の対立軸がスッキリしなくなったことと、イデオロギーや政策以上に党首の人間味や手腕などに大きく世論が揺さぶられた結果のように見えます。

 どちらかと言えば左派である労働党が、ブッシュの米国との協調によるアフガンとイラク戦争へのコミットをしたこと、経済的には中道政策に傾いたこと、更には2008年のリーマンショックによる金融危機では大きな影響を被る中で、金融機関の救済に巨額の公的資金を注入したこと、この大きな2つの政策で対立軸が曖昧になったこと、具体的にはそうしたことの積み重ねに、最後は「オフレコのはずの愚痴」が漏れたことなどで、ブラウン前首相は個人的な求心力も失ったわけです。

 この辺りは、日本の政治にも通ずるところがあると言えます。中道左派的なイデオロギーの政権を選んで新味を出そうとしたが、実行可能な政策の選択肢は狭いので公約通りには行かない、その一方で左派的な大きな政府論は、イザ実行段階になると「公的資金の行き場が不公平」という批判と「財政不安」という感情論から実現できずに立ち往生してしまう、鳩山政権の陥った罠はそういうことだと思いますが、ブラウン首相のケースは、これに加えて、日本の自民党政権が崩壊した「実行可能な狭い選択肢の中から実行するにしても、一方的だと反発を食らう」という要素も感じられます。

 もっと一般化するならば、厳しい現実の中で実現可能な具体策はほぼ限られる中で、与党が行き詰まると反対のイデオロギーから別の提案をしていた野党に政権が行く、でも野党が政権を担っても実現可能な政策はあまり変わりがないので政権交代を繰り返すことで、二大政党の双方が不信の対象になってしまう、そんな現象があるとも言えます。今回の、英国の「ハング・パーラメント(過半数政党の不在)」と、日本の民主党もダメだが、自民党に戻るのもダメという現象は、そうしたトレンドが世界的になってきているということでしょう。

 アメリカの場合はこれとは少し違う形で、二大政党制が揺れています。5月12日に発表されたNBCとWSJ(ウォール・ストリート・ジャーナル)の連合世論調査では、オバマ大統領の支持率は49%で不支持は38%とまあまあの結果だったのですが、民主党は支持37%に対して不支持42%、共和党に至っては支持が30%で不支持が42%という数字になっています。興味深いのは、「反エリート主義」の「草の根保守」である「ティーパーティー」は支持31%、不支持30%と「アンチ」が少ないのです。ちなみにこの「ティーパーティー」に関しては、3月の支持率29%から少し数字を積み増してきているのです。

 とにかく議会の支持率が低いのです。政治の停滞、財政赤字、ウォール街への救済といった様々な問題に関しては、議会のエスタブリッシュメントが悪い、そんなセンチメントが増えてきているのです。そんな中、民主、共和の両党共に「中道の現実主義」や「現職」に逆風が吹いています。中道的な妥協は利権に結びついている、現職はこれまでの財政赤字や政治停滞に責任がある、そんなムードです。逆に、左右のポピュリスト的な新人が有利な戦いを進めています。

 全体構造を説明してみると、中道現実主義のオバマは支持率を維持しているが、その盟友というべき議会の穏健派指導者には逆風が吹いている、一方で共和党は「ティーパーティー」に近いポピュリストが、民主党では左派のポピュリストが支持を得る中で、議会の両党に対しては不支持が増えているという、そんな形になっています。アメリカの場合は、議院内閣制ではないので、大統領は一種超然とした権威を守ることができるのです。

 この中で注目すべきはやはり「ティーパーティー」でしょう。このまま行けば、仮に「ティーパーティー」の行動が過激になって、共和党としっくり行かなくなった場合には、議会は「民主党」「北部を中心とした共和党の穏健派」「中西部を中心としたティーパーティー的な草の根保守」の3つに分裂する方向になって行く可能性があります。そう考えると、日英の「二大政党の不調」とアメリカ政治の混迷とは、少し構造が違うとも言えます。実現可能性のある選択の幅は狭いにも関わらず、左右の極端な立場がポピュリスト的に人気が出るという問題は共通していますが、直接選挙で選ばれて権威と人気を維持している大統領が中道現実主義だというのは救いです。その一方で、アメリカ議会の混迷は深いとも言えるでしょう。今秋の中間選挙は相当に荒れそうです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米の株式併合件数、25年に過去最高を更新

ワールド

EU、重要鉱物の備蓄を計画 米中緊張巡り =FT

ワールド

ロシアの無人機がハルキウ攻撃、32人負傷 ウクライ

ビジネス

米テスラ、アリゾナ州で配車サービス事業許可を取得
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 4
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 5
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「嘘つき」「極右」 嫌われる参政党が、それでも熱狂…
  • 10
    「これは侮辱だ」ディズニー、生成AI使用の「衝撃宣…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story