コラム

円の独歩安トレンドにどう備えるか?

2010年04月05日(月)13時41分

 ドル円の相場が動き始めました。2008年9月のリーマンショック以来、ドルが89円から91円で推移していたわけですが、ここへ来てジリジリと円は下げて94円台に突入しています。

 このドル円の動きですが、この間ずっと円高ドル安が続いたというのには、特殊な要因がありました。1つは、アメリカの財政赤字がどんどん拡大していたこと、そしてFRB(米連邦準備理事会)がゼロ金利政策を採っていたことがあります。この2つのドル安要因はハッキリしたものだったのですが、どうしてその圧力が「円」に来たのかというと、ユーロとポンドは金融危機でボロボロだったのと、人民元は完全に変動相場になってはいないのでドル安の受け皿にならなかったからです。

 いわば消去法的に円がターゲットになり、巨大なドル安圧力を受け止めていた、この1年半に及んだ円高ドル安にはそうした大きなエネルギーがあった、そう理解するのが一番スッキリします。もう1つ、人民元に対する円の高止まりという現象も、現時点ではドル元相場がコントロールされているために、円高ドル安がストレートに反映していただけです。

 さて、4月に入ってこの2つのトレンドが反転し始めました。アメリカの金利が上昇の気配を見せている中で、ドルが高くなる方向でのエネルギーが生まれています。一方で、人民元についても、4月15日をメドとして切り上げという噂が日に日に濃くなっています。仮にそうなれば円元レートでは、ドル高円安と、ドル安元高の「かけ算」で大きく動く可能性が出てきました。

 1つの懸念は、こうしたタイミングとシンクロするような形で、過剰な流動性供給や国債発行高の安易な上乗せを行うと、円安、特にユーロまでを対象に含めた「円の独歩安」に陥る危険があるということです。

 少し以前までは、円安イコール「輸出産業にはメリット」というイメージがハッキリしていましたが、今は状況が異なります。日本企業が中国で北米向けの製造を行っているような場合は、元高ドル安のデメリットをかぶることになります。また、農産物から工業製品まで、多くの産品を中国からの輸入に頼っている現状では、元高円安の結果は物価の上昇に直結します。

 この問題に関しては、為替レート変動によるメリット・デメリットは大変に複雑なのだから「為替の安定が望ましい」という毒にも薬にもならないコメントが、政府からも大手のジャーナリズムからも出てくことになるのですが、私はそれではダメだと思います。複雑な時代であればこそ、自国通貨の将来像に関しては、しっかりしたイメージと戦略を持つべきだと思うのです。

 日本が高付加価値最終製品の生産国として、高付加価値労働の雇用を守ってゆくのか、それとも中付加価値でいいのか、あるいは部品や半製品の製造拠点になってゆくので良いのか、そうした選択肢の中から何を目指すかによって為替の将来イメージも変わってくるように思うのです。

 その結果として、通貨を守る必要があれば厳しい決意のもとで財政赤字を減らしてゆく必要があるでしょうし、仮にある程度の円安を受け入れるにしても、超円安とハイパーインフレに陥らないためには、やはり財政の節度は必要になってくるでしょう。

 今度という今度は、国家としての、いや「円通貨圏」としての戦略が求められるように思うのです。通商政策、財政、人材像と教育、どれも通貨にリンクしていくわけで、より複雑化する世界の中で、それぞれの戦略を整合性をもって最適化することが求められています。その意味で、政治やジャーナリズムに期待されるものも、昔とは違うと考えるべきでしょう。

 アメリカにいると、原油高には敏感になるのですが、為替には鈍感、そんな感覚があります。経済の規模が大きすぎるために、そして今でもドルが基軸通貨の地位を維持しているために、為替への警戒心はそれほど起きないのです。そんなアメリカにいると、私の場合、余計に円の地位が心配になるのです。89円から94円というのは、率で言えば5.6%の円安です。円は、そろそろ警戒水域に入ってきました。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米当局、ホンダ車約140万台を新たに調査 エンジン

ワールド

米韓、同盟近代化巡り協議 首脳会談で=李大統領

ビジネス

日本郵便、米国向け郵便物を一部引き受け停止 関税対

ビジネス

低水準の中立金利、データが継続示唆=NY連銀総裁
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:健康長寿の筋トレ入門
特集:健康長寿の筋トレ入門
2025年9月 2日号(8/26発売)

「何歳から始めても遅すぎることはない」――長寿時代の今こそ筋力の大切さを見直す時

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット民が「塩素かぶれ」じゃないと見抜いたワケ
  • 2
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」の正体...医師が回答した「人獣共通感染症」とは
  • 3
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密着させ...」 女性客が投稿した写真に批判殺到
  • 4
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 5
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 6
    顔面が「異様な突起」に覆われたリス...「触手の生え…
  • 7
    アメリカの農地に「中国のソーラーパネルは要らない…
  • 8
    【写真特集】「世界最大の湖」カスピ海が縮んでいく…
  • 9
    「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」(東京会場) …
  • 10
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 1
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 2
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 3
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人」だった...母親によるビフォーアフター画像にSNS驚愕
  • 4
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 5
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 6
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 7
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」…
  • 8
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 9
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密…
  • 10
    20代で「統合失調症」と診断された女性...「自分は精…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 7
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story