コラム

日本の民主党は「G20」の議論に参加せよ

2009年09月07日(月)12時22分

 9月に入って、アメリカでは急速に景気への楽観論が広がっています。FRB(連邦準備理事会)のバーナンキ議長が「景気の底」を指摘したという8月28日あたりがターニングポイントだったようで、中古住宅の値段が下げ止まった(実はアメリカ経済としては重要な指標です)とか、一部の小売チェーンで非常に良い数字が出たりといったニュースが同じ時期に重なると「もう不況の出口が見えた」というアナリストがゾロゾロ出て来ているのです。

 街の表情もずいぶん変わってきています。例えば、常に日用品・雑貨を低価格で販売している「ウォールマート」や「ターゲット」はこの不況下にあって、逆に業績を伸ばし、「デフレへの懸念」が真剣に語られる象徴ともなっていたのですが、この2社はここへ来て、ほぼ同時に「PB(プライベート商品)」のリニューアルに踏み切っています。白を基調に「エコ」的なメッセージを込めたデザインもソックリなら、価格を上級移行させる戦略も同じです。この2社の経営陣が消費の戻りが堅調と見ているのは明らかです。

 スポーツの世界では、秋の到来とともに、アメリカ人の大好きなNFL(アメリカンフットボールのプロ)のシーズンが始まりますが、「プリシーズン(オープン戦)」の中継も多数が組まれる中、コマーシャルも良く入っているようです。入場料が高く(ほとんどがシーズン券で売り切れ状態)野球以上に「金ピカ」であるNFLですが、こちらも景気回復を先取りしたような雰囲気があります。

 野球やフットボールとは違った個人競技ですが、秋口の「全米オープンテニス」もアメリカでは大きな行事です。今年の大会は、女子を中心に番狂わせが多くなっていますが、観客動員は記録的だそうで、大会自体にも「モルガン・スタンレー、レクサス、チェース銀行・・・」といった「金ピカ」のスポンサーがついており、ここにも「リーマン破綻一周年」の影は感じられません。

 では、このまま一気にアメリカ経済は、そして世界経済は回復してゆくのでしょうか? このムードに水を差した感じがあるのが、9月4日に発表された雇用統計でした。8月の失業率9.7%という数字は、市場には大きな動揺は与えなかったものの、アメリカ社会には様々な波紋を投げかけています。さて、この4日にはロンドンでG20(先進諸国+途上国蔵相中央銀行総裁会議)が開かれています。

 このG20に自民党の与謝野財務・金融相が欠席して、参加したのは副大臣だったということが報道されています。与謝野大臣が行くべきだったという批判的な報道のようですが、私には妙に思えました。このロンドンG20は、今月下旬にアメリカのペンシルベニア州ピッツバーグで行われるG20サミットのいわば実務者会議であり、2つの会議は一体として考えるべきなのです。

 であれば、無理をしてでも民主党次期政権は、次期財務大臣をロンドンに派遣するか、あるいは民主党としての「グローバル金融システムへの提言」を書簡として託すべきでした。というのは、今回のロンドンでは銀行などの規制問題、例えば自己資本の問題であるとか、役員への高額報酬などの問題が語られていたからです。

 これは単に「景気回復へ向けて」VIPがお互いにエールの交換をしているといった「踊る会議」ではないのです。昨年9月以来の金融危機で大きなダメージを受けた各国が、今後の景気回復過程で、同じようなバブルの膨張と破裂を繰り返さないための「ゲームのルール」を検討しているのです。

 民主党支持票の背景には「そのようなグローバル経済そのものが問題なのだから距離を置きたい」という「民意」があるのかもしれません。ですが、高額のインセンティブに引っ張られ、濃縮したリスクをおもちゃにして世界経済を引っ掻き回した「グローバル金融」に対して、日本の次期政権が「批判的観点」を持っているのなら、それを具体化して途上国も含めたG20へ持っていくのは、いまだにGDP総額で世界第2位の地位を占める日本としての義務だと思うのです。

 また金融業界の利害ということでも「ゲームのルール」変更に積極的に関与していかなくては、じわじわと「自分たちに不利なルール」に変えられる危険も出てくるでしょう。そして何よりも、ロンドンG20の実質的な論議に加わらなかったことで、ピッツバーグでの鳩山次期首相の「外交デビュー」が実務的な加点の場ではなく、意味のないセレモニーの要素に傾いてしまうことが懸念されます。

 メディアにも問題があるように思います。首班指名の際に野党議員が白紙投票するかどうかなどという、全く意味のないことに関心を向けるのではなく、日々動いている国際経済の中で新政権がどう行動するのか、ドンドン突き上げていって欲しいと思うのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米金融政策、引き締め過ぎ 中立金利低下の見込み=ミ

ビジネス

米エヌビディア、オープンAIに最大1000億ドル投

ワールド

イタリア各地でガザ抗議デモ、労組など 政府は親イス

ワールド

米財務長官、次期FRB議長候補10人との面談を来週
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 2
    筋肉はマシンでは育たない...器械に頼らぬ者だけがたどり着ける「究極の筋トレ」とは?
  • 3
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分かった驚きの中身
  • 4
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍…
  • 5
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ…
  • 6
    「より良い明日」の実現に向けて、スモークレスな世…
  • 7
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 8
    米専門職向け「H-1B」ビザ「手数料1500万円」の新大…
  • 9
    【クイズ】世界で2番目に「コメの消費量」が多い国は…
  • 10
    トランプに悪気はない? 英キャサリン妃への振る舞い…
  • 1
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 2
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分かった驚きの中身
  • 3
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の物体」にSNS大爆笑、「深海魚」説に「カニ」説も?
  • 4
    筋肉はマシンでは育たない...器械に頼らぬ者だけがた…
  • 5
    【動画あり】トランプがチャールズ英国王の目の前で…
  • 6
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ…
  • 7
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 8
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍…
  • 9
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 10
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 8
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 9
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 10
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story