コラム

バイデン新大統領はとんでもない貧乏くじを引いてしまった

2021年01月21日(木)18時30分

「史上最大の尻拭い」をバイデンはこなせるか? Kevin Lamarque-REUTERS

<アメリカの舵取りはかつてなく難しくなっている。就任したばかりのバイデンの前に立ちはだかるトランプの残した「最後っ屁」の数々をパックンが解説>

かわいそうな大統領!

「ガリガリの相撲取り」や「地味なおばはん」のように、矛盾していそうで、あまり聞かない表現だね。ましてや就任したてのアメリカの新大統領に対しては使いそうにない。でも、今回は大声で言ってもいいだろう。間違いなくジョー・バイデンはかわいそうな大統領だ。

新型コロナ、不景気、財政難、気候変動、イラン、中国、北朝鮮......。国家的な危機が山積みとなっている。どの問題への対応も急務だし、どれも政府と国民が一丸となり、同じ方向に向かないと進めないものばかり。でも、これほどアメリカ人が「一丸」からほど遠い状態は記憶にない。3億3千万人いるアメリカ人は3憶3千万方向に向いている気がする。

それは言い過ぎだとしても、バイデンと反対方向に向いている人が大勢いるのは確実だ。第一、ドナルド・トランプ元大統領やその味方の政治家とメディアが繰り返し主張した「選挙不正」の嘘がトランプ支持層に染みこみ、今や6000万人もの国民はバイデンが正当に当選したと思っていない。元々「エルビス・プレスリーがまだ生きている」と信じる人もたくさんいる変な国ではあるが、バイデンに投票した8000万人の人数と比べれば、その抵抗勢力の規模がわかる。

国民だけではない。それが明らかになったのは、この真っ赤な嘘を理由にトランプに煽られた支持者たちが議事堂に乱入した後だ。彼らは銃や手作り爆弾を持参し、飾られていた芸術作品を略奪し、「マイク・ペンス(副大統領)の首を吊れ!」と唱え、議事堂の前に絞首台を築き、息を潜んで隠れていた議員を探し回り、殴る蹴るなどの暴力で警察官だけで58人の死傷者を出した......。

そしてそうした国の恥となる反乱があった直後に(しかもその恥の現場で!)大統領選の結果を承認する投票が議会で行われた。そこで「嘘の危険性」を目の当たりにしたばかりでも、147人もの共和党議員が選挙結果を認めないほうに投票した。その翌週、下院で反乱を扇動したトランプへの弾劾に反対票を入れた議員は200人近くいた。

世界一好ましくない「時短」

真実は関係ない。法律も関係ない。裁判の結果も関係ない。信じたいことを信じ、気に入らない政府を力で覆せばいいと思う人、思わせる人がのさばっているのだ。

新しい動物園長に、就任おめでとう!と言いたいが、前任が退任前に全部の檻を開けてしまい、今は園内がジャングル状態。ジャッカルにも狙われている園長、かわいそう!としか言えない。

バイデン政権の今後が思いやられるのは内政だけではない。彼が副大統領としてホワイトハウスを去った4年前の問題が残っているだけではなく、悪化している:

イラン。トランプは核合意から離脱して「最大の圧力」をかけたとしているが、その間にイランは核開発にだいぶ近づいているようだ。今、イランが核兵器の製造に必要な時間は、アメリカの合意離脱前に比べて半分になっているという。世界一好ましくない「時短」かもしれない。 

北朝鮮。トランプは金正恩総書記と3回も直接会い、恋文も交換しているが、北朝鮮の軍事増強も止まらない。去年10月の軍事パレードで世界最大といわれる新しい大陸間弾道ミサイルを、先日のパレードでまた「世界最強の兵器」と自称する新しい潜水艦発射ミサイルを披露した。トランプ政権が傍観しているあいだ、北朝鮮はどんどん武器を更新している。新しくならないのは将軍の帽子と最高指導者の髪型だけ。

中国。中国けん制を掲げて当選したトランプだが、習近平政権への権力集中も、南シナ海への海洋進出も止められていない。香港の自治権やウイグル人の人権が奪われてもトランプは黙って見ていただけ。ごめん。これも言い過ぎかもしれない。見ていなかった可能性もある。でも、人の権利は気にしないとしても、貿易は絶対に気にしている。貿易赤字の是正を目標に中国と貿易戦争を起こし、追加関税を課したが、結局貿易赤字は膨みっぱなしだ。

プロフィール

パックン(パトリック・ハーラン)

1970年11月14日生まれ。コロラド州出身。ハーバード大学を卒業したあと来日。1997年、吉田眞とパックンマックンを結成。日米コンビならではのネタで人気を博し、その後、情報番組「ジャスト」、「英語でしゃべらナイト」(NHK)で一躍有名に。「世界番付」(日本テレビ)、「未来世紀ジパング」(テレビ東京)などにレギュラー出演。教育、情報番組などに出演中。2012年から東京工業大学非常勤講師に就任し「コミュニケーションと国際関係」を教えている。その講義をまとめた『ツカむ!話術』(角川新書)のほか、著書多数。近著に『パックン式 お金の育て方』(朝日新聞出版)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

仏エルメス、第1四半期は17%増収 中国好調

ワールド

ロシア凍結資産の利息でウクライナ支援、米提案をG7

ビジネス

北京モーターショー開幕、NEV一色 国内設計のAD

ビジネス

新藤経済財政相、あすの日銀決定会合に出席=内閣府
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」…

  • 6

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 10

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 5

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story